未達なら年数百万円の“ペナルティ”なのに、障害者雇用の達成率は46%止まり…「採用後の1年以内離職」が続くワケ
今年7月、民間企業に課される障害者の法定雇用率が2.5%から2.7%へと引き上げられた。
未達成の企業には年間数百万円規模の「納付金」という実質的なペナルティが科されるほか、改善が進まなければ「企業名公表」という経営上のリスクも伴う。

しかし厚生労働省が公表した「令和7年障害者雇用状況」のデータでは、2.5%だった時点での達成企業はわずか46%にとどまった。半数以上の企業が未達成のまま、さらなる引き上げを迎えたことになる。
この「異常事態」の背景と、企業が本当に着手すべきことは何か。障害者雇用支援サービスを手がける事業者と、障害者の権利活動に携わってきた弁護士に聞いた。(ライター:岩田いく実)

企業と障害者を取り巻く現実とは

障害者の法定雇用率が未達成の企業には、不足1人につき月額5万円の納付金が課される(常用雇用労働者が100人超の場合)。たとえば、5人不足している状態が1年間続いた場合には、納付金は300万円にのぼる。
また、一定の場合にはハローワークから「障害者雇入れ計画」の作成を命じられ、作成した2年間の計画に沿って雇用率の改善を求められる。それでも改善が進まなければ、勧告を経て企業名が公表される可能性がある。
未達なら年数百万円の“ペナルティ”なのに、障害者雇用の達成率...の画像はこちら >>

厚労省の資料より

一方、株式会社スタートライン(本社:東京都三鷹市)が障害者雇用0人の企業に勤務する人事担当者100名を対象に実施した「障害者雇用の開始に関する実態調査」のデータによると、2026年7月に法定雇用率が2.7%に引き上げられる前の3月の段階で、約4割の企業が改正(法定雇用率の引き上げ)を「知らない」と回答していた。
さらに、就職した障害のある人の約半数が、1年以内に離職している現実もある。
背景には、企業が「障害者にできる業務」を先に探そうとする進め方の難しさや、受け入れ体制が整いにくい中小企業特有の事情がある。今回の引き上げで対象企業の裾野は広がり、地方の小規模企業ほど今後さらに課題を抱えることが懸念される。
こうした状況について、調査を実施した株式会社スタートラインの障害者雇用エバンジェリスト(伝道者)の吉田瑛史(えいじ)氏と、広報担当の藤野祐輝氏に障害者雇用の現状と課題を聞いた。

企業側は「雇用したい」のだが…

法定雇用率の達成企業が半分に満たないというのは深刻な数字です。企業側に認識不足があったのでしょうか、それとも達成自体が難しいのでしょうか。

吉田氏:後者です。企業側も責任感があって「早くやらなきゃ」とは思っている。でも、どうやったらいいか分からない、やってみてもうまくいかない。その結果がこの数字と考えられます。
企業が障害者雇用で事業や会社にとって価値を生み出せることが想像できないか、(価値を生み出すための)やり方を知らないまま手探りで進めて失敗するというケースが、非常に多いです。

企業が障害者雇用を促進しようとしても、定着しないというのが現実ですね。

吉田氏:厚労省のデータでは、就職後1年以内に約半数が離職しています。
多くの企業は、まず「障害者ができる業務」を障害者雇用のために棚卸ししようとする。しかし、これが失敗の原因でもあります。
障害者雇用では、新規求職者の約6割が精神障害のある方、約1割強が知的障害のある方とされます。障害の種類だけを見て「できる業務を出してください」と言われても、現場はイメージが湧きません。

できれば障害のない人を採用するときと同じように、「障害者雇用だから特別」というフィルターをかけないことが重要です。

せっかく就職できてもわずかな期間で離職となると、仕事をしたい障害者の方々にも大きな負担です。

吉田氏:その通りです。うまくいかなかったことが(障害者にとって)深い傷となり、再就職も目指しにくいという土壌が生まれています。
企業側にとっても、一度失敗すると「うちには無理」という空気が根付いてしまう。だからこそ、最初の成功事例が一つできるかどうかが、その後を大きく左右します。
企業規模別の実雇用率を見ると、1000人以上の企業だけが平均で法定雇用率を上回っており、規模が小さくなるほど達成率が下がっています。
今回の引き上げでは対象となる企業の裾野がさらに広がりましたが、今後、支援体制が整っていない中小企業ほど課題を抱えると予想されます。
藤野氏:(スタートライン社のような)いわゆる「障害者雇用ビジネス」には、障害者向けに働きやすい職場を創出できているケースも多く、ミスマッチを防ぐ効果があります。
しかし、障害者雇用ビジネスを運営する企業の中には「仕事らしい仕事がない」「(雇用した障害者を)実質的に放置している」といった悪質な例もあります。
そのため、障害者雇用を扱う業界内でも団体を作り、(障害者雇用の)ガイドラインについて国と協議を進めている段階です。

障害者雇用は「ペナルティ回避」にあらず

障害のある人は日本に約1165万人、人口の1割にあたる。障害者とは、隣にいる身近な人たちなのだ。

では、今後企業側に求められる改善にはどのような支援が必要か。
中小企業の経営や法務に精通するとともに、障害者の権利支援や差別解消に関する活動にも携わってきた、細井大輔弁護士に聞いた。
未達なら年数百万円の“ペナルティ”なのに、障害者雇用の達成率は46%止まり…「採用後の1年以内離職」が続くワケ

細井弁護士

中小企業が法定雇用率を達成できない場合、どのような法的リスクが生じるのでしょうか。

細井弁護士:法定雇用率を達成できていない場合、企業規模などによっては、不足する障害者数に応じて障害者雇用納付金の負担が生じます。ただし、納付金を支払えば、障害者を雇用する義務がなくなるわけではありません。
また、一定の場合には障害者雇入れ計画の作成を命じられ、その後も改善が進まなければ、勧告を経て、最終的には企業名が公表される可能性があります。
もっとも、法定雇用率が未達成だからといって、直ちに企業名が公表されるわけではなく、段階的に雇用率の達成を促していく仕組みになっています。
企業名が公表された場合には、企業イメージや社会的評価、採用活動などに影響する可能性もあります。
そのため中小企業にとっても、法定雇用率への対応は、単に経済的負担だけの問題ではなく、企業経営上のリスクとして捉えておく必要があると思います。

法定雇用率を達成できていない中小企業は、まず何から着手すべきでしょうか。法的な観点もふまえ、優先順位を教えてください。

細井弁護士:まず、法定雇用率は法律上の義務であるため、自社に必要な法定雇用障害者数と現在の雇用状況を確認し、どの程度不足しているのかを正確に把握することが出発点となります。

ただし、「法定雇用率を達成するために採用を急げばよい」というわけではありません。
障害者雇用促進法では、障害を理由とする差別の禁止や合理的配慮も求められています。そのため、採用前に、担当してもらう業務や配置、社内の受入体制を検討し、本人の能力や適性、必要な配慮とのマッチングを考えることが重要です。
採用後も、本人の意向を確認しながら、業務の進め方や職場環境について必要な調整を行っていく必要があります。
中小企業の場合、自社だけで対応することが難しい場合もありますので、ハローワークや地域障害者職業センターなどの支援機関も活用しながら、採用から定着までを見据えて体制を整えていくことが重要だと思います。

障害者雇用を単なる「義務」にとどめず、経営上のメリットにつなげるにはどうすればよいでしょうか。今後の制度改正も見据え、中小企業が持つべき視点をお聞かせください。

細井弁護士:障害者雇用は、法定雇用率を達成するためだけの取り組みではありません。
障害のある方が能力や適性を生かして働けるよう、業務内容や職場環境を見直すことは、人材確保の選択肢を広げるとともに、他の従業員にとっても働きやすい職場づくりにつながる可能性があります。
企業としても「採用したら終わり」ではなく、本人が継続して能力を発揮できるよう、業務や職場環境を必要に応じて見直していくことが重要です。
中小企業においても、単にペナルティを避けるための対応と捉えるのではなく、「多様な人材が活躍できる職場づくりや企業価値の向上につなげる取り組み」と考えていくことが大切でしょう。
■プロフィール
細井大輔(ほそい・だいすけ):弁護士。
2007年弁護士登録。ブレークモア法律事務所にて企業法務を中心に取り組み、2016年に大阪・北浜にてかける法律事務所を設立。現在は弁護士法人かける法律事務所代表弁護士。企業法務・コンプライアンス・不祥事対応・知的財産・MA・労務人事問題など幅広い分野を手がけ、企業の持続的成長を法務面から支援。
岩田いく実:損害保険会社、法テラス、一般民事系法律事務所に勤務後、ライターに転身。パラリーガル経験を活かし、年間60人を超える弁護士・税理士を取材。相続や離婚、不動産売却、債務整理、損害保険などのテーマを中心に執筆。第一法規『弁護士のメンタルヘルスケアの心得』で記事執筆、自主出版に『ルポ豊田商事』がある。


編集部おすすめ