〈「ひっどい音痴」と笑われ、歌を封印〉難聴のダンサーが27歳で歌手に挑戦…「音とは何か」から始めたボイトレ
〈「ひっどい音痴」と笑われ、歌を封印〉難聴のダンサーが27歳で歌手に挑戦…「音とは何か」から始めたボイトレ

21歳でダンスの世界に飛び込み、27歳からは歌唱にも挑戦してきた難聴ゆうきさん(31)。音楽が聴こえていないとは思えない、見事なダンス動画は多くの人の心を惹きつけている。

最近では、オリジナルの楽曲をリリースするなど、活動の幅を広げ続ける彼。そんなゆうきさんが明かした高校時代の傷、難聴への想い、これからの展望を聴いた。(前後編の後編)

「ひっどい音痴」と笑われ、大好きな歌に蓋をしたあの日

先天性難聴という障がいを持つ、耳が聴こえないダンサー・難聴ゆうきさん。学生時代は特別扱いをされたわけではないが、傷ついた経験があると明かした。

「高校の頃、校歌斉唱のときに大きな声で歌わないといけなかったのですが、『ひっどい音痴』と友達に笑われたんですよね。そこで初めて、難聴であることにネガティブになってしまいました。

音はほとんど聴こえなかったけれども、歌うことはもともと嫌いじゃなかった。むしろ好きだったんです。でも歌声を聴いた人からいろいろ言われるのが嫌で……それからは歌うことに蓋をするような、封印する感覚でした」

その経験が影を落とし、以来、人前で声を出して歌うことから距離を置くようになった。

そんな後ろ向きだったゆうきさんが、歌うことに挑戦しようと思ったのは2022年のこと。きっかけのひとつには、ダンサーとしてだけでなく歌手活動にも挑む三代目 J SOUL BROTHERSの岩田剛典の存在があったという。

「当初パフォーマーだった岩田さんが、歌も歌い始めたことに憧れました。自分もやっぱり、歌ってみたい。

僕にしかできない表現がきっとある。難聴の僕が自分の声で歌うことで誰かに感動や希望、勇気を与えられる。同じように悩む人たちにとってのヒーローになれるんじゃないかと思ったんです」

手探りで始まったボイストレーニング

封印していた歌うこと。ずっと胸の奥にあった気持ちを形にすべく、行動に出る。意を決してボイストレーニングの門を叩いたゆうきさんは、初めて顔を合わせた講師に「自分は難聴です」と告げた。

「講師の先生も難聴の生徒を教えるのは初めてだったようで、手探りで指導法を模索してくれました。まず、『音とは何か』そこからのスタートだったんです。

手の高さで音の上げ下げを示してくれたり、独自に編み出した方法を通じて、少しずつ“歌う”という感覚を身体に落とし込んでいく。そうやって少しずつ歌うことを克服していきました」

オリジナル曲の作詞作曲も、講師と二人三脚で進めていったもので、「僕にとっては宝物のようなそんな存在です」と微笑んだ。

講師とのボイストレーニングは歌唱だけでなく、ゆうきさんのマインドの部分にも影響を与える。

「講師の先生が、『手話やダンスができる、見た目は少し尖っているけど話してみるとなんだか天然、というギャップが武器だから、絶対SNSをやった方が良い』と言ってくれて。それまで隠していた難聴という僕の障がいは弱点じゃなくて、個性なのかもしれないと思えました。

先生の一言で難聴を前面に出す決意ができた。

僕にとっては人生を大きく前に進めてくれたきっかけの言葉でした」

ハンディキャップと向き合うことで見つけた自分の強み。そんな彼の直向きな姿は多くの人の背中を押している。SNSで発信することで自分の「新しい存在価値を見出した」と語った。

高校時代にあった苦い記憶も、今の彼はポジティブに捉えている。

「当時の僕にとっては、つらいことではあったけれど、それがなかったら今の気持ちも芽生えなかった。過去に言われた言葉のひとつひとつは傷つくこともあったけど、それがあるから見つけられたものもある。塞ぎ込んで何もしていなかったら、きっと僕は誰かに勇気を与えたり、感動させるようなことはできなかったなって思います」

24時間テレビへの想い

なぜ彼はダンスや歌といった、あえて音を伴う表現方法を選び続けるのか。

「『工夫すればあれもこれもできる』ということを証明できると思えたんです。僕にとって難聴は武器のようなもので、神様からの贈り物だと思っています。難聴の自分がダンスや歌を発信することで、誰かの何かに繋がるかもしれない。そう思うと、歌うことも踊ることもきっと意味があると思うので」

誰か1人でも自分の活動を通じて勇気や希望を感じてもらえたら——そんな思いを胸に、2025年には1stシングルを。次いで出した2nd シングルではラップにも初挑戦した。

たくさん練習を重ね、試行錯誤して作り上げたオリジナルソング。宝物たちを語る彼の表情はにこやかだ。

今後の目標を尋ねると、「大きな会場を借りてライブがしたい」という思いとともに、意外な答えが返ってきた。

24時間テレビに出たいと思っているんです」

昨年と今年、自ら手紙を書き、CDを添えてレターパックを送ったというが、まだ実現には至っていない。

「障がいを持った人たちの努力をいろんな人たちに紹介するテレビ番組といえば、『24時間テレビ』ですから。僕たちにとっては影響力は大きいです。

なので、難聴の自分が出て、これまでに至った経緯や、今の活動を知ってもらったら、もっといろんな人に希望や感動を与えられるんじゃないかなって」

SNSでの発信にとどまらず、彼はどんどん羽を広げていく。「自分と同じ経験を持つ人たちに勇気を届けていきたい」そう語る難聴ゆうきさんの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

(前編はこちら)

取材・文/木原みぎわ

(写真/廣瀬靖士)

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