藤子不二雄(A)。
マンガを読まない人でも、その名前を知らない人はほとんどいないだろう。

『ドラえもん』でおなじみの藤子・F・不二雄とのコンビでマンガを描き始め、1987年に藤子不二雄(A)としての活動をスタート。代表作は、先ごろ嵐の大野智主演でドラマ化&映画化もされた『怪物くん』や『忍者ハットリくん』、『笑ゥせぇるすまん』、『プロゴルファー猿』などなど。ブラックユーモアを題材にした作品が特徴的で、“黒い藤子不二雄”とも言われている。

そんな先生がライフワークとして43年間(!)連載を続けてきた『まんが道』&『愛…しりそめし頃に…』が、この春ついに完結。それを記念したトークショー&サイン会が7月にアニメイト池袋本店で行われた。当日の会場に集まっていたのは、抽選で選ばれた幸運なファン約200名。
若い女性もちらほら見かけたが、30〜50代の男性が大半を占めている印象だ。親子二代で参加しているファンもいて、改めて藤子不二雄作品の息の長さを感じた。

『まんが道』&『愛…しりそめし頃に…』は多少のフィクションも織り込まれているが、若かりし頃の藤子不二雄コンビが暮らしたアパート“トキワ荘”に集まった石ノ森章太郎や赤塚不二夫、つのだじろうといった当時の新鋭マンガ家たちや兄貴的存在であった寺田ヒロオ、そして憧れの手塚治虫先生たちとのドラマを描いたものだ。今日はどんな話が聞けるのだろうか?

トークショーでは『怪物くん音頭』が鳴り響く中、アロハ姿でカジュアルな先生と、以前に『サル』などの編集担当を務めていた小学館の西堀さんが進行役として登場。

「アニメイトには今日初めて来たんですけど、アニメグッズのフロアに行ったら若い女性が山のようにいましてね、僕が通ってもみんな知らん顔なんで、残念でしたけども(笑)。で、会場に来ましたら若い女性はあんまりいなくて、(集まった男性ファンのことを)まあ、それなりの方がね……」
と先生、ハスキーな声でしゃべる、しゃべる。


『まんが道』はもともとマンガの描き方講座の連載を依頼されたときに、ただ技法を教えるだけでなく、藤子不二雄コンビのこれまでを“軽く”描くつもりで始めたものだそうだ。主人公たちが20歳を過ぎ、ストーリーに女性との恋愛など色っぽい話も出てくることを考えて、青春篇として『愛…しりそめし頃に…』を連載したが「最近読み返したんだけども、そういう場面はほとんどなくて、キャバレーのお姉さんにちょっと惚れたとかね。あのまま『まんが道』で通せばよかったな」と説明。かのトキワ荘で机に向かってひたすらマンガを描き続けた時代をストーリーにするとなると、「爆発があったり、撃ち合いがあったりとかそういう場面がまったくないから、非常に地味で(笑)」ということで、当時の才気あふれる仲間たちとの交流を描くことが欠かせなかったのだそう。

作品を完結させた理由は、「僕もそろそろ死が近いジジイになったんでね(笑)、途中で倒れて未完のまま終わったらまずいんじゃないかと思った」からなのだそうだ。先生はこの春に大腸がんを患い、長時間の手術を受けて生死の境をさまよっている。
このときに夢で「小川の向こうに朽ち果てたトキワ荘が見えてね、窓から藤本氏(藤子・F・不二雄)や仲間たち、手塚先生まで、みんなが手を振ってたんですよ」と、絵に描いたような三途の川体験をしたそうだが、その後もマンガ誌『ジャンプSQ.』(集英社)にコミックエッセイ『PARマンの情熱的な日々』の連載などを続けている。気になる次回作については「いまは日本のシニア層が非常に不幸な時代だから、そういう人たちに元気を与えられるようなマンガを描けたらいいなと思って。タイトルだけはもう決めてあるんだけど」とのこと。

そしてイベント中、病み上がりとは思えないマシンガントークに「“死が近い老人”ってセリフ、十何年前から聞いてますけど」とツッコみ、トキワ荘が夢に出てきた話で「それはギリギリセーフでしたね」とナイスなアシストを入れていた西堀さん。先生の活動を身近なところから支えている人物のひとりである彼にも、先生の素顔や現在の活動について聞いてみた。

「いろんな方が先生に会うと『こんなに気さくで明るくて楽しい人だとは思わなかった』とおっしゃるんですが、ひと言でいうと“お茶目な人”。
初対面の人でもすぐ仲良しになるし、決して偉ぶったりしない柔和な方です。以前に私が担当していた『サル』の連載を終了するときに『愛…しりそめし頃に…』だけはライフワーク的に描き続けたいとおっしゃっていたので、それを完結されると聞いてまだまだ描く余力があるのになぜ……とかなり驚きました。ですが、トークショーでのコメントを聞いて、大切な作品であるがゆえの判断だったんだと納得しましたね。あと、新作の構想はあるとおっしゃっていたので、ちょっと安心しました。トークショーの帰りしな、西原理恵子さんとの共著『人生ことわざ面白“漫”辞典』(『ビッグコミック増刊号』に連載中)の単行本化についても熱く語っていらしたので、来年の80歳にむけて仕事量を抑えながらもなにかを発表してくれるのではないかと期待しています」

先生の作品には自らの実体験や身の回りにあったできごとが反映されているケースが多いのだそうだ。先述の手術の際にも、担当のお医者さんにカメラを渡して「自分の手術の様子をマンガに描きたいから写真を撮って」と頼んでビックリされていたというから、作品としては完結したが、先生自身の“まんが道”の先はまだまだ長いのでははないだろうか。
日本のシニアを元気にする次回作、私もぜひ読んでみたいです、先生!
(古知屋ジュン)

※藤子不二雄(A)の(A)は丸囲み、石ノ森章太郎のノは小さいノが正式な表記です。