いよいよ12月18日(月)で終了を迎える、国立新美術館の「新海誠展」。

新海誠監督による企画書や絵コンテ、設定資料や美術背景、映像や原画などの資料1000点を一挙に展示。
制作過程を見ることができたり、「言葉」「音楽」に触れたりできる貴重な機会となっている。


展示を見て気になった丁寧な言葉遣いの手書き指示


しかし、自分は展示を見ながら、ちょっと別のことが気になってしまった。
それは、作画に手書きされた、新海誠監督の丁寧な指示。

「よろしくお願いします」「よろしくお願い致します」など1枚1枚に書かれているほか、「良いですね!」「〜くらいのノリでお願いします!」「〜といった感じでしょうか」、そしてときには「参考」として絵も添えながら、イメージを共有している。

とらえ方や説明の仕方が言語的で、しかも言葉遣いが丁寧で、あたたかく、低姿勢!

「仕事なんだから、当たり前だろ」と思う人もいるかもしれない。
しかし、日頃一緒に仕事している相手とのやりとりを振り返ってみてほしい。用件のみ簡潔に事務的に伝えること、テンプレ対応していることって、けっこうあるのではないだろうか。

まして多忙を極めるアニメの世界。有名な監督がみんなこんな丁寧でソフトな言葉でひとつひとつ指示を出すとは、ちょっと思えない。
その言葉からは、新海誠監督の体温や、人柄が伝わってくるようでもある。

そこで、この「手書き指示」について問い合せたところ、新海誠展の監修者でコミックス・ウェーブ・フィルムのクリエイティブ・ディレクター/アートディレクターの落合千春氏が、今回の展示の意図などを次のように説明してくれた。

「紙に鉛筆で描かれたキャラクターの絵は、作画レイアウト、原画、動画と呼びます。アニメーションの制作では、レイアウト⇒原画⇒動画⇒彩色⇒美術背景と合成・撮影・編集という流れで映像が制作されていきます。
キャラクターに命を吹き込む最初の要は、この作画類になります。この絵がすべてのもとになっているのです。それは全て人の手で描かれています。1秒の映像を作るために8~12枚が描かれ、この1秒1秒の積み重ねが映像になるのです。アニメーションの制作工程を知っていただくのと同時に、作画スタッフの素晴らしい絵を見ていただくために展示しています」

原画に新海誠監督の指示が手書きされているものは、「監督修正」と呼ばれる紙で、作画監督や担当の作画スタッフに向けて、指示を入れているのだという。


個人制作から始めたからこその“敬意”


基本的に「ですます調」で、1枚1枚に言葉が丁寧に書かれているのは、新海誠監督流の仕事のスタンスなのだろうか。

「新海監督は、作品からもわかるように、とても言葉を大事にされる方です。また、アニメーション監督になった経緯が、個人制作からのスタートですのでアニメスタジオ勤務の経験を経てません。そのため新海監督は、プロのアニメーターたちには敬意を払っていますし、自分の表現したいものを実現して下さるスタッフの皆さんに対して丁寧に言葉を尽くしています」

また、今回、こうした指示の書きこみを展示したことについては、次のように話す。
「監督の意図がうかがい知れること、その結果の反映で、どのように絵が変わっていくのかというのは、モノ作りに興味のある方なら大変興味深く見ていただけると思います」

「監督修正」の中には、「セリフ」のリズムなどが書かれているものも存在する。そこにはどんなこだわりがあるのだろうか。
「新海監督は、表現するうえで、音やテンポも大切にしています。
美しい映像に目を奪われがちですが、絵を見ず、音だけで新海作品を聞いてみると、セリフや音楽やSEなどの音に対してもこだわりがあること、特にセリフの場合は独特の間合いや、強弱があることがわかります。展覧会の音声ガイドでは、『セリフの言葉』に対するテンポや言い方などについても、神木(隆之介)さんが解説をしていますので、ぜひ聞いてみてください」

展覧会を訪れた人たちからは「3時間くらいかけてゆっくり観たい内容だった」「いくらでも観ていられる」などの声も出ている。

展覧会を訪れる際には、こうした細かな部分にも注目してみると、作品のさらに新たな魅力に気づくかもしれない。
(田幸和歌子)