火村英生&有栖川有栖チーム、満を持してTVに登場だ。
1/17(日)から連続ドラマ「臨床犯罪学者 火村英生の推理」が始まる。
火村英生に斎藤工、相棒・有栖川有栖を窪田正孝が演じるという配役である。スポットCFで見る限りでは斎藤の演じる火村はしっくりくる感じだが、原作読者としては本放送を観るまでは判断を差し控えたい。というのもこのシリーズ、火村が存在感を示すだけでは不十分で、相棒である有栖川有栖(通称はアリス)とのコンビネーションがあってこそ真価を発揮するからだ。斎藤=火村と窪田=アリスの掛け合いはどんな感じなのか。そこがいちばん気になるところなのだ。
「臨床犯罪学者 火村英生の推理」スタート。火村英生シリーズ読むべき10冊はこれだ
『新装版 46番目の密室』有栖川有栖/講談社文庫)

簡単に原作シリーズについて紹介する。
火村&アリスのチーム初登場作品は1992年3月発表の第1長篇『46番目の密室』である。刊行順では第2長篇『ダリの繭』がそれに続くが、間にいくつかの短篇が書かれており、シリーズ3冊目の本は第1短篇集『ロシア紅茶の謎』となった。
これはシリーズの中でも〈国名シリーズ〉と呼ばれるもので、本の題名(短篇の場合は収録作の1つ)に必ず国名がつけられている。その国名だけ記すと「ロシア」「スウェーデン」「ブラジル」「英国」「ペルシャ」「マレー」「スイス」「モロッコ」と続けられており、2002年に発表した『マレー鉄道の謎』は第56回日本推理作家協会賞と第3回本格ミステリ大賞の同時受賞作でもある。この〈国名シリーズ〉の元祖はアメリカのミステリー作家エラリー・クイーンで、『ローマ帽子の謎』『フランス白粉の謎』などの諸作は、論理的な推理の魅力を存分に味わわせてくれる名作として、日本の後続作家には大きな影響を与えた。
エラリー・クイーンの創造した探偵の名もやはりエラリー・クイーンであり、産みの親と同じミステリー作家を本業としている。
この構図が本シリーズにも継承されているのである。火村&アリス・シリーズの作者の名は有栖川有栖、そして作中人物であるアリスの職業もミステリー作家だ。有栖川版国名シリーズは本家クイーンの使わなかった国名を冠するという原則で題名がつけられており、その衣鉢を継ごうという作者の意志が感じられる。探偵役ではなくその相棒に自分の名をつけたのは、さすがに天才探偵を自分の分身とするのはおこがましい、という作者・有栖川有栖の遠慮だろう。

しかし、語り手を務める作中人物の有栖川有栖(以降アリス)は、単なる引き立て役ではない。彼は探偵役に先んじて読者の前に姿を現し、その時点で明らかになっている状況や、そこから得られている手がかりを検討する。
そして、考えつく限りの推論を述べるのである。もちろんそれは大抵の場合間違っていて、最後に覆されることになる。しかし、アリスの行為は無駄にはならないのである。仮説のスクラップ・アンド・ビルドは、ありうるかもしれない可能性を消去して真相にたどり着くために不可欠だからだ。
アリスが露払いを済ませた時点で登場するのが、探偵役の火村英生だ。英都大学社会学部の准教授である火村は、犯罪社会学を専攻している。
職業上の必要からしばしば彼は犯罪現場にフィールドワークに出ることを欲するのだが、その結果として多数の事件解決に貢献し、警察から非公式ながらも相談を持ちかけられる存在となったのである。そんな彼をアリスは「臨床犯罪学者」と呼ぶ。もちろんそんな学問はないが、事件現場にいることが存在意義の一部となっている火村にはふさわしい呼称だ。
火村とアリスとは大学生時代からの友人であり、気兼ねなく物を言いあえる関係にある。アリスが仮説検証の前提を作り火村がそれに結論を下す、という役割分担が成り立つのは、2人の間に深い絆が存在するからでもある。火村には他人には見せない闇のような部分があり、アリスはそれを知りながらプライベートの部分に踏み込みすぎぬよう、程よいところで留まって友人を見守り続けている。
2人の心地よい距離感が、推理と同様、あるときにはそれ以上の魅力で読者の心をとらえるのである。斎藤&窪田ペアの演技に期待するゆえんだ。

原作の基本設定については以上として、今回は多数の作品の中から、私のお気に入りベスト10を挙げてみることにする。短篇については作者の自薦作品集がすでに出ているので(『臨床犯罪学者・火村英生の推理 密室の研究』『同 暗号の研究』『同 アリバイの研究』)、そちらをお読みいただくのも手だろう。
以下順位なしで選んだが、これまでミステリーにあまりミステリーは読んでこなかった、という方は短篇集から読まれることをお薦めしたい。

『46番目の密室』
言わずと知れたコンビのデビュー作である。
45の密室トリックを考案したミステリー作家がやはり密室状態で死体となって発見され、46番目の密室トリックが殺害方法として使われた可能性が検討される、という推理の出発点からしてわくわくさせられる。後年の作品に比べると小説としての遊びは少ないのだが、それだけに初々しくもある。

『スウェーデン館の謎』
雪で降り込められたログハウス内の殺人劇を描く作品だ。カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』など雪の密室を扱った名作は多く、限定的な状況に論理的な解を与えるため、多くの作家が知恵を振り絞ってきた。本書はそれに輝かしい新バージョンを付け加えるものである。解決篇を見ると実にシンプルで、絵になるトリックであるのがすばらしい。

『ブラジル蝶の謎』
国名シリーズの短篇集はどれを読んでもいいのだが、収録作の中にシリーズの第1短篇である「人喰いの滝」を含むのであえて第2短篇集のこれを。有栖川は短篇集の作品配置にも意を凝らす作家なのだが、すでに本書の時点でその趣向が始まっていたことがわかる。〈国名シリーズ〉短篇集では『スイス時計の謎』の表題作も文句なしのお薦め作である。

『暗い宿』
単に事件発生から解決までの過程を綴るだけではなく、そこになんらかのモチーフを持ち込んで短篇集にゆるいつながりを持たせたものが火村&アリス・シリーズの中にはいくつか存在する。これもそのうちの1つで「宿」が出てくることが全作の共通点になっている。続篇は「店」の登場する『怪しい店』だ。2作を読み比べてみると発見も多い。

『絶叫城殺人事件』
シリーズで唯一、収録作が「〜殺人事件」という題名で統一された短篇集である。そのためか、やや硬質な印象を受ける作品が多いのだ。犯罪者の側に転落した者とそれ以外の人間との絶望的な断絶や、犯罪行為が人間に与える不可逆の変化などを非情な筆致で描いたものが多く収録されており、シリーズの暗い側面を浮かび上がらせている。

『マレー鉄道の謎』
国名シリーズとしては前作『ペルシャ猫の謎』から3年の空白があった後に書き下ろし形式で発表された。これも絵になるトリックが用いられている作品で、その一点だけでも評価したい。実は完成稿前のトリックはもう少し違った、入り組んだものだったという。とあるきっかけで有栖川は突破点を発見し、現在のような美しいものになったのだ。

『妃は船を沈める』
変わった成り立ちの中篇集で、まず冒頭の「猿の左手」が書かれ、2年後にその続篇「残酷な揺り籠」が発表され、2部構成の1つの物語として完成した。通読して感じるのは、事件関係者の肖像が孤独に浮かび上がって見えることで、脇役のキャラクターを物語の魅力の1つとして進んでいく小説である。同タイプの長篇の中でも強く印象に残る。

『乱鴉の島』
孤島を舞台とする長篇ミステリーは数多いが、その設定を使って他にはない犯罪小説を成立させている。今回挙げた10作の中では、もっとも読者によって評価が分かれるものかもしれない。読者の見慣れたパターンを応用する形で作者が仕掛けを完成させているためで、できればいくつか長篇作品を読んでから読んだほうが楽しめるかもしれない。

『長い廊下のある家』
なんといっても収録作「ロジカル・デスゲーム」の魅力に尽きる。ここ数年の有栖川は、推理の定石や使い古された道具立てに甘んじることなく、応用編としての新趣向を熱心に生み出し続けているが、それを非常に尖鋭的な形で行ったのがこの作品だ。誘拐された火村が生き残りをかけた知恵比べに挑むという話の中に、さまざまな可能性が見えている。

『鍵の掛かった男』
現時点での最新作で、過去最長の作品である。大阪の老舗ホテルを舞台にした作品でもあり、アガサ・クリスティーのホテル・ミステリーがお好きな人などにもお薦めしたい。登場人物の人生について掘り下げることで物語が自然と成立していく、という近年のシリーズの特徴が如実に出た作品でもある。大阪の土地勘がある読者はさらに楽しめるだろう。
(杉江松恋)