新垣結衣主演の水曜ドラマ『獣になれない私たち』。5人のダメな男女が交錯しながら恋愛や仕事に四苦八苦する“ラブかもしれないストーリー”も佳境にさしかかってきた。


先週のレビューで、このドラマは心の中の言葉、本音を語るかどうかがポイントになっているんじゃないかと書いた。メインキャストの名前、晶、恒星、京谷、呉羽、朱里にはそれぞれ“口”の字が含まれているが、本音を押し殺して生きてきた晶と恒星の名前には閉ざされた口=“日”の字がいくつも含まれている(注:ネーミングの由来についてはあくまで筆者の妄想に過ぎません)。

先々週放送の第7話では晶(新垣結衣)が恋人の京谷(田中圭)に本音を言って別れを決断したが、先週放送の第8話は恒星(松田龍平)が本音を言えるようになるまでのプロセスを丁寧に追ったエピソードだった。
「獣になれない私たち」松田龍平、本音が言えて男泣き!まさかの飯尾和樹登場にネットが揺れた8話
イラスト/まつもとりえこ

「男の人のプライドって面倒くさいね」


クラフトビールバー「5tap」にいた恒星のもとに、024で始まる市外局番から電話が入る。福島県にある恒星の実家を取り壊すという連絡だった。恒星の実家は東日本大震災による福島第一原発事故で避難指示を受けた区域内にあり、昨年解除されたばかりだった。

父親が経営していた海産物加工の会社は兄の陽太(安井順平)が引き継いでいたが、風評被害によって倒産。
恒星は会社の粉飾決算に手を貸したが、プライドを傷つけられた陽太は妻子を残して失踪していた。

「逃げてるんだよ」
「何から?」
「現実から」

恒星の言葉はシビアだが、どうにもならない現実に押し潰されそうになっている人は多い。それが人によっては震災だったり、人によってはハードワークだったり、人によっては人間関係だったりするのだろう。

そんな兄・陽太が発見された。失踪中、食うに困って置き引きして逮捕されたのだ。成績優秀でいつも笑顔、人に気を遣ってばかりいて、従業員もリストラできなかった兄を「いい人の末路は悲惨」と悪しざまに語る恒星。
兄を助けるために粉飾決算に手を貸したことについてまわりくどい理由を言う恒星を、晶は「お兄さんを助けた理由なんている?」と喝破。

「男の人のプライドって面倒くさいね」

と一刀両断してみせた。本音を言えるようになった晶の“品”状態は継続中だ。

晶、最強モードに突入!


SEチーフの佐久間(近藤公園)も辞めそうなツクモ・クリエイト・ジャパンも風評被害……ではなくて真実の口コミに苦しんでいた。求人しても誰も応募者がいなかったのだ。

たった一人だけ応募していたのは、なんと朱里(黒木華)。面接で頭を抱える晶に「あなたお人好しだからなんとかしてくれるかも」と言い放つ。
まぁ、知り合いのツテを頼るのは間違いではない。結局、朱里は九十九(山内圭哉)の独断で採用されることになる。

会社に来た京谷をわざわざ一緒に見送り、驚いた顔で帰っていく京谷を見て笑い合う晶と朱里。本音をぶつけ合った2人の間に連帯が生まれているのがわかる。

その夜、「5tap」に京谷がやってきた。「俺から話す。
晶のこと。朱里のことも」とシリアスに話す京谷に対して、晶は「フーン」という表情。「俺は晶に何を求めていたんだろうなぁ、って」と言われても相手にしない。そしてこの会話だ。

「ねぇねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
「嫌です」
「( ゜д゜)」
「いや、聞くだけなら聞いてもいいよ。答えるかわかんないけど」
「お、おう」

美人で仕事ができてまわりに気が遣えて、場合によっては本音をキッパリ言える。
今の晶って最強じゃない?

橘カイジ登場! 演じるのはまさかの飯尾和樹!


企業の監査を行っている恒星のもとに、内部告発者の大熊(『タッチ』の上杉和也役などで知られる声優の難波圭一)がやってくる。経理部長が3000万の横領。告発の動機は怨恨だった。しかし、恒星は取り合わない。気に入らない相手が目の前にいるなら、ぶん殴ればいいと言うのだ。

「本当に苦しいのは敵が誰かわからないことですよ。誰に一矢報いたらいいかわからない。
誰に怒ったらいいかわからない。消化できない怒りのことですよ」

恒星が思い出しているのは兄・陽太の言葉だった。

「あんなことさえなきゃ……震災なんてなけりゃ! あんな事故が起きなければ、あそこで生きていけたんだ」

恒星は兄が抱えている苦しみを他人事として片付けていない。心の片隅で自分のものとして引き受けている。「誰に怒ったらいいかわからない」というのは震災のことだけではなく、社会のあちこちにはびこる諸問題について指している。誰かを責めれば解決する問題なんて、たいした問題ではない。

そんな折、これまで正体を隠したまま引っ張ってきた呉羽(菊地凛子)の夫でゲームクリエイター・橘カイジがひょっこり登場! 演じるのはまさかの飯尾和樹! 

飯尾和樹の登場でツイッターのタイムラインは騒然となったが、出オチで終わるかと思いきや、その後も出番が続いたのに驚いた。まぁ、同じ野木さん脚本の『アンナチュラル』のメインキャストのひとりだったのだから、よく考えると納得のキャスティングなんだけど。ちなみに岡持三郎を演じている一ノ瀬ワタルも『アンナチュラル』に出演している(第8話で火災現場から何人も助けて亡くなった男性。このときも役名は「三郎」だった)。

恒星の前で呉羽から聞いた仕事の話を次々と楽しそうに話すカイジ。橘カイジは「相手の話を聞く男」だった。これは『逃げるは恥だが役に立つ』の平匡(星野源)、『カルテット』の別府(松田龍平)や家森(高橋一生)、『あさが来た』の新次郎(玉木宏)や五代(ディーン・フジオカ)ら最近のドラマで人気を博した男性キャラクターに共通する特徴である(恋バナ収集ユニット・桃山商事の清田隆之さんによる指摘)。

だが、続けて若手起業家らしい夢を語る橘カイジに冷たい視線を向ける恒星。彼は兄の立場を代弁している。

「住む家を理不尽に奪われて、風評被害で会社が潰れて、3万2000円すら工面できなくなった男がこの世にいて。どんな夢を語る? ゲーム? ないだろ」
「昔は苦労した。そんな話ね、どん底にいる人間からすりゃ成功者の戯言ですよ」

生まれて初めての兄弟ゲンカ


恒星は兄・陽太を妻子のもとへと送り届けようとする。陽太は毎月妻子に家賃を送金していたが、妻は離婚を求めていた。「夢なんて微塵もねぇよ。毎月家賃払ってるからって意味ねぇんだよ」と悪しざまに言い、未練を断ち切らせて現実的な決着をつけさせるのは、公認会計士である恒星らしいやり方だ。

恒星の意図を知った陽太はタクシーを止めて降りてしまう。それを追う恒星。ふたりは猛烈な勢いで口ゲンカを始める。子どもの頃の話や、学生時代の話など、些末すぎて第三者から見れば笑ってしまうような内容だが、どれもお互いがずっと心の中で押し隠していたことばかり。止めようとするタクシー運転手に、

「今、兄貴とケンカしてんだよ!」

と怒鳴る恒星を、無言で見返す陽太。ふたりが本音でぶつかり合うのは、ずっと生きてきてこれが初めてのことなのだろう。

「誰に怒ったらいいかわかんないから、お互いに向き合って怒るしかないんだって!」

震災、不景気、パワハラ、人間関係……。ままならない人生を送っている人はたくさんいる。そんな中、誰かに求められるがまま、本音を押し殺して生きていたって、だんだん壊れていくし、大切なものを失ってしまうことばかり。だったら、せめて大切な人とは向き合って本音をぶつけ合ったほうがいいんじゃないか? そこから生まれる恋もあるし、やめてしまったほうがいい恋もある。それがこのドラマのテーマんじゃないだろうか。

陽太は妻子のもとへ帰っていった。恒星は帰りのバスの中で、解体された実家の写真を見て、ひとり男泣きする。実家が解体されて寂しいから泣いているのではない。「兄弟対決は終わった」から泣いているのだ。

兄との思い出の「生き残り頭脳ゲーム」(実際にタカトクから70年代に販売されていたボードゲーム)で遊ぶ恒星と晶。

「俺、呉羽のことが好きだったんだなぁ」
「今頃? 丸わかりだったよ」
「あ、そう? 俺、ダッサ」
「ダサくはない」

ようやく本音を吐露した恒星を、先に本音が言えるようになった晶が「ダサくはない」と励ましているのが微笑ましい。そのまま、晶は恒星の事務所で眠ってしまう。前は強い酒を1本明けても眠れなかったのに! 晶が恒星に対して安心しきっている証拠だろう。2人の仲に進展はするのか、しないのか? 第9話は今夜10時から。
(大山くまお)

「獣になれない私たち」
水曜22:00~22:54 日本テレビ系
キャスト:新垣結衣、松田龍平、田中圭、黒木華、菊地凛子、田中美佐子、松尾貴史、山内圭哉、犬飼貴丈、伊藤沙莉、近藤公園、一ノ瀬ワタル
脚本:野木亜紀子
演出:水田伸生
音楽:平野義久(ナチュラルナイン)
主題歌:あいみょん「今夜このまま」
チーフプロデューサー:西憲彦
プロデューサー:松本京子、大塚英治(ケイファクトリー)
制作著作:日本テレビ