会社を誤った方向に導かないために 原田実氏が指摘する江戸しぐさとフェイクニュースの共通点
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他人を思いやり、共生するためのマナーである「江戸しぐさ」。一時期は江戸ブームとあいまって広く道徳などの教科書や教材に使われ、文部科学省や、各地方自治体も現代人が応用すべきマナーとして広まった。

しかし、偽史・古代史研究科である原田実氏は、『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』と『江戸しぐさの終焉』を上梓し、多くの史料を駆使して江戸しぐさは江戸時代に存在せず、現代人が創作したものであると明らかにした。
会社を誤った方向に導かないために 原田実氏が指摘する江戸しぐさとフェイクニュースの共通点
原田実氏の著作『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』『江戸しぐさの終焉』 出典:Amazon.co.jp

江戸しぐさは現代人としてのマナーとして効用はあるが、それが江戸時代に存在したと考えれば歴史の捏造につながる。その一方、今でも江戸しぐさは広まり、自治体の講演や企業研修でも使われている。
その原田氏に「江戸しぐさ」をはじめとする偽史や現代のフェイクニュースがはらむ危険性などについて話を聞いた。


なぜ江戸しぐさは今なお広まるのか


江戸しぐさの代表例の「傘かしげ」、「こぶし腰浮かせ」は、公共広告機構(AC)のテレビコマーシャルや東京メトロの看板でご覧になった方も多いだろう。
原田氏は、道ですれ違ったときに傘を傾けてぶつからないようにする「傘かしげ」について、江戸時代の史料をもとに「そもそも傘はぜいたく品。町人は主に頭にかぶる笠や蓑、合羽を使ってましたし、構造的に和傘はかしげるよりすぼめた方がいい」と当時の浮世絵などから実証。

乗り物が混んでいるとき、こぶしをつけて後から来る人のためにスペースをあける「こぶし腰浮かせ」については、「浮世絵や名所図会を見ると、江戸時代の渡し舟には、現代の座席にあたるものは存在しない。よってこのようなマナーなども存在しない」と指摘している。
このような荒唐無稽の話による物語から成立する江戸しぐさだが、物語を創作した人物は、1999年に亡くなった芝三光(しばみつあきら)氏。その後継者が普及活動を行い、広まった。
会社を誤った方向に導かないために 原田実氏が指摘する江戸しぐさとフェイクニュースの共通点
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その江戸しぐさは、どのように扱われているのか。
「最近では教科書会社の作成した社会の教科書からは綺麗に消えました。
ただ、文部科学省作成の教材『私たちの道徳 小学校五・六年』には今も江戸しぐさの記述が残っています。今や江戸しぐさ最大の推進者は文科省と言っても良いです。一方、江戸しぐさを推進する団体は相変わらずで、国と団体がそれぞれ分離して進めている形です」(原田氏)

具体的事例では、学校の校長先生はこの江戸しぐさが好きな人が多い。一部の地方自治体も、金沢しぐさ、守谷しぐさ、岩舟しぐさなどと便乗し、普及している実態がある。校長先生や地方自治体のお墨付きが得られれば、江戸しぐさは真実だと考えるむきも多い。

「一部の先生方は、江戸しぐさについては教えませんが、校長先生は朝礼で江戸しぐさについて話します。
ですから、誤った歴史でありつつも子どもは大人の言うことは信じますから、広まっていることも実情です」(原田氏)

大学では実証的な史学の教育がなされる一方、義務教育ではこうした誤った歴史が一部、普及していることは問題ではある。

さらに企業研修でも江戸しぐさは活用されることを考えると、いわゆるオカルトが全国で拡大した経緯はもう一度、あらためて考えていく必要がある。

「江戸しぐさは素晴らしいもの、それが明治維新やGHQによって根絶・破壊されたという物語があって、そうした陰謀論的な思考に陥り、信じ込んでいる経営コンサルタントがいます。経営コンサルタントが企業経営者に指南しているため、江戸しぐさが広まっている面もあります」(原田氏)
企業経営者の中には、経営コンサルタントを通じて江戸しぐさを好むようになった人がいる。しかし企業内で単なるマナーとして広がることには問題はない。
「江戸しぐさというネーミングではなく、芝三光なる人物が現代効用のマナーとして考案したと教えるのであれば問題はありません。
しかし、それを江戸時代に存在したマナーとして教えられるのであれば、偽史を推奨する行為につながります」(原田氏)


「結局、人は信じたいものを信じる」


同じことは、実は原田氏がフェイクの史料であると断じた『東日流外三郡誌事件』でも起きていた。同史料は青森県の市浦村(現在は消滅)が村史史料として活用されたため、歴史的な大論争を呼んだが、発見者が作成したフェイクであると決着はついている。ここまでフェイクと決着がついているにも関わらずいまだに、『東日流外三郡誌』の信奉者がいる。

「結局、人は信じたいものを信じるのです。私も実は前にひっかかりました。その時、私は自分が信じたいことはこのことだったのかと思い知らされました。
偽史は、昔から作られていました。江戸時代に自分は名門の出身だということで、偽の家系図や偽書が多く作成されましたし、古代の書物と偽って昭和初期に竹内文書が登場しました。これは歴史書に限りません、現在、問題になっているフェイクニュースにもつながります。」(原田氏)

ここで登場する竹内文書では、釈迦をはじめ世界の偉人が来日したとしている。天皇に仕え、モーゼの墓が石川県に、イエスキリストは日本で亡くなり、青森県の戸来村(現在の新郷村)にその墓が存在していると記述にある。もちろん、荒唐無稽の話だが、当時の大日本帝国が古代より偉大な国であったと思いたい人に一定の支持があったのも事実なのである。

「偽史やフェイクニュースを信じる人は、現実の歴史や事実関係に不満な人が多い。
別の可能性や現実はこうであるのではないかと思う人がいます」(原田氏)

偽史やフェイクニュースは日本だけではなく、世界中に満ちあふれている。原田氏はこの情勢を極めて危険視している。そして、偽史は江戸しぐさで終わらないと断言する。

実際、欧米では、選挙期間中、次々とフェイクニュースが発信され、選挙結果を左右する場合もある。日本では「まとめサイト」などで、政党の支持率を動かすケースがある。
欧米のフェイクニュース発信者は、「特に思想的信条があるのではなく、需要が多く、もうかるからやっている」とテレビの取材に答えている。

「面白い話であればフェイクニュースでも広めよう」「道徳的であり、いい話なら偽史でもかまわない」こういった信念を持つ人が一定数いるが、これでは企業研修でも道徳の場でも「なんでもあり」な状態になることを原田氏は警鐘を鳴らす。

「近現代史に不満を持つ人が多いことを考えれば、これからはこの時代における文献を装った偽史やフェイクニュースであふれると思います。これからは世界中で、フェイクとヘイトがあふれる時代になっていきます。そういう時代だからこそ、情報の取捨選択を行い、なにが事実でなにがフェイクなのかをしっかりと見極め、若い社会人の方にはぜひ、冷静な判断で向き合って欲しいです。これは簡単ではありません。事実を積み上げ、自分と向き合う作業を行うことで、自身の研さんにつながります」(原田氏)

企業セミナーで面白い話なら無条件に飛びつくことの危険性、そしてしっかりと調査をし、会社を誤った方向に導かないようにすることもサラリーマンのつとめと原田氏は結論づけている。
(長井雄一朗)