野球中継を観ていると、解説者より素人の自分らの方が明らかにわかっている時がある。あぁ、それと似ているのかしら? ズブズブのインサイダーより、対象と適度な距離を保っている人の話こそ信用できる気がする。
心を捧げているのではなく、傍観者足り得る距離感を保っているので。冷静な視点だからこそ、話に信憑性が出てくるというか。

話は飛んで、芸能界。いつの世にも「この人、本業は何なのだろう?」という人材は数多い。記者も幼き頃はみうらじゅんが何者かわからなかったし、今や西川史子の本業を忘れている人だって少なくないだろう。

私が蛭子能収を初めて目にしたのは『教師びんびん物語』のバーテン役か、TBSの深夜番組『平成名物TVヨタロー』辺りだった。
言うまでもなく、彼の本業は漫画家。ガロで名を馳せた頃の氏のイメージは、現在と全く違うものであったらしい。シュールで突飛な発想をする、狂気の天才肌。
しかし、彼は公言する。「テレビの仕事は楽しくておいしい」と。テレビ出演のギャラと比較すると原稿料は格段に安く、だからこそテレビ出演へのモチベーションは異常に高くなる。

だが、本人曰く「私は(芸能界に)染ってない」。

そんな蛭子さんが「芸能界で見てきたお話を描きました」と上梓したのは、『芸能界 蛭子目線』(竹書房)なる一冊だ。
ここで報告される数々の逸話を見ると、確信する。彼こそは、“芸能界に潜入した情報屋であると。

例えば、最近の蛭子能収の相棒といえば太川陽介。太川はゲームが好きで、ギャンブラーとしても名高い蛭子さんをトランプで打ちのめしてしまうそう。
そんな彼だが、アイドルを卒業した直後は大変だった。
「私が太川さんの話の中で好きなのは、アイドルの時代が終わって仕事が無くなった時の話である。麻雀に誘われると(太川は)必死で打ったという。お金が無いので負けるわけにはいかない。アイドルだからって順調にここまできたわけではない」
美談のように綴っているが、賭け麻雀の過去を大々的に発表していることにはならないのか? スレスレのエピソードである。

また蛭子さん、旅番組で具志堅用高と一緒になることも多いという。
ある日はこの2人に田中律子を加えた3人で、青森ロケへと旅立っている。
一行は、温泉旅館に到着。早速温泉へと入る蛭子&具志堅だったが、やはり田中律子は一緒に入ってこない。だって、女性だもの。これにグチグチ言う具志堅の姿も、今回は堂々と漫画に描いてみせた。オフレコ&デリカシーどこ吹く風。


完全なる芸能界のインサイダーではないからこそ、この辺りに大胆になれるのだろう。リスク自体を背負っていない。何しろ、自身へ横柄な口をききまくる高橋英樹の振る舞い(いきなり「昔のお前は汚かった」と言い放つ)まで、思いっきり描写してしまっているのだから。
「高橋さんは俺のこと、親しみを込めて『おい、蛭子!』って声を掛けてくれるんです。(中略)でも、それを観た視聴者の方の中に『蛭子さんに対する言葉遣いが横柄だ』と思ってしまった人がいたみたいで……。その一件があって以降、高橋さんと共演する機会がないんですよ。
(中略)共演NGになっちゃったのかな……」
もはや、笑い事では済まない事態である。だが、やはり漫画に描いている。

いや、この一冊は決して暴露や愚痴だけに終始してるわけじゃない。例えば蛭子氏といえば『スーパーJOCKEY』において長きにわたり、ビートたけしと共演していた過去が輝かしい。
そんな蛭子さんの本業「漫画家」としての人脈に、平口広美氏との親交があるという。漫画家でありながらAV監督としても活動する平口氏に興味を持ったたけしは「濡れ場の撮り方を聞きたいから紹介してくれ」と、蛭子さんに申し出たそうだ。“世界のキタノ”の映画作りに、蛭子能収が貢献していたなんて! こんな大物との知られざる逸話も、同書には収録済みである。

最後に。決して蛭子さん、他人語りに終わってない。自分の身も、存分に削った。
ある日、横浜に宿泊しようとした時のエピソード。各ホテルへ電話で問い合わせるも、どこも満室状態なので困惑してしまう蛭子夫妻。そんな時、今まで体験した“芸能人特権”を思い出す。新幹線に乗るも満席状態なので車掌に相談するや、急病人用の席を案内してもらったことがあったっけ。映画館で満席だったが、体の不自由な人を想定し空けている席を紹介してもらったことだってある。
「このようにたいていの場合、空席はあるものなのだ。そして担当者は芸能人に甘い」
「電話では満室と断られたが、私が直接ホテルのカウンターへ行くと『空きがあります』と言うかも知れない」
淡い期待を胸に断られたホテルへ交渉に行くも、やはり「本日は満室でございます」の返答が……。でも、もっと一流の芸能人だったらどうなっていたのだろう?

兎にも角にも、同書は芸能界の裏側を炙り出す一冊となった。なるほど、完全なるインサイダーには成り切れない蛭子さんによる、“蛭子目線”である。
(寺西ジャジューカ)