祝シャンシャンお披露目!  パンダブームでカンカン&ランラン時代を懐かしむ人たち
シャンシャン誕生の時から上野駅でも大きく盛り上がっていました。

上野動物園で生まれたジャイアントパンダ「シャンシャン」の一般公開が12月19日にスタートした。

その盛り上がりをテレビなどで見ながら、つい懐かしく思い出してしまうのは、日中国交正常化を記念して1972年に来日したカンカン・ランランのときのブームだ。


自分自身は、来日時にはまだ生まれていなかったが、幼児の頃に親に上野動物園につれて行ってもらったことがある。
当時は今のような抽選などがなかったから、ひたすら大行列で、「パンダを見に東京に行く」というのがいろんな家庭の重大イベントだった。
しかも、わざわざ見に行ったところで、ちゃんと見ることができない場合も多い。

そんな昔の思い出に浸ってしまっていたら、Twitter上には自分と同様、昔を懐かしむ大量のカンカンランラン世代の声が溢れていた。
その一部をご紹介したいと思う。

「見られなかった」という苦い&残念な思い出が圧倒的多数!


「カンカン ランラン来た時にも上野動物園凄かったよね〜 一瞬しか見えなかったし 動いてなかった」

「小学生時代、初めて日本にパンダのカンカンとランランが来て、上野動物園に学校遠足で行ったんだよ。物凄い人混みの中、他の人の後頭部しか見れなかった思い出が蘇った……」

「私は、1972年カンカン、ランランを凄い行列で見に行き、笹しか見れなかった、苦い小学2年生の思い出があります」

「私はランラン、カンカン 当時は妹が産まれて(原文ママ)見に連れて行って貰えなかった残念な思い出(笑)」

「カンカン・ランランのとき、上野動物園まで行きながら見られず上野公園を散歩して帰ってきた幼少時の思い出。」

「幼稚園の遠足はカンカンランランが来たばかりの上野動物園だったけど、お尻向けて笹食べてる姿を数秒見れただけだった思い出」

「ランランとカンカンは見にいったなぁ…背中向けてる状態で、あっという間に通り過ぎないといけない状態で、背中しか見れなかったっすわ」

「ランランもカンカンも微動だにしなかったぞ!(トシがバレるw)」

カンカン&ランランの思い出を語る人たちのキーワードのように頻出するのは「背中(あるいはお尻)しか見えなかった」「動いてなかった」という言葉!
確かに、友人や親戚、近所の人などが「パンダを見に東京に行ってきた」という話をすると、誰でもまず尋ねるのは「見えた?」「動いてた?」だったことは印象深い。


家族、友人の貴重な思い出になった派


「おとうが小学校入る前位に今は亡きおとうパパに連れられ、カンカン&ランランを寒い中長蛇の列に並んで観に行きました。ケツだけ見れたんだっけな? 雀荘、マス釣以外で連れて行ってもらった数少ない大事な大事な思い出なのよね」

「パンダといえば初代のランラン、カンカンが公開された時短大生の自分も友達とみにいきました。人垣の隙間からちょっと見えた動くパンダ可愛かったあ。」

「上野の小パンダちゃん、今日から公開なのね。抽選なんだね。その昔、長蛇の列に並んで見られたのは、カンカン・ランランのおケツを一瞬だけだったな。パンダちゃん見られなかった〜ってベソベソしてたら、パンダのぬいぐるみを買ってもらったのはいい思い出」

「パンダの話。私はかなりパンダ好きです。
大学の合格発表を見に上京した時、大学より先に上野動物園へ行ってカンカンランランを見たのですからね。(上野の初代のパンダです)ほとんど記念受験だったので、合格発表も友人との初旅でピザを食べたのがうれしかったです。受かっててホントびっくりした。」


「見たらしいけど、覚えていない」&「トラウマ」派も


「和歌山のパンダ産まれたら(原文ママ)見に行こうかな 上野は見られる気がしないわ〜 幼稚園の頃だったか、カンカンランランの時に連れて行かれたらしいが記憶がない」

「まあ私が生で見た直近のパンダはランランとカンカンらしいですがチビすぎて記憶にありません。母親が見たかったんだろうね〜(笑)」

「カンカンランラン来日時に父親に肩車してガラス越しで一瞬、っておぼろげに あれからパンダはトラウマになってるよ〜 今考えても子どもだしに親がブームに乗りたかっただけだろって」

「上野パンダの初代ランラン、カンカンを見に行った時のことで、係員の『はい、立ち止まらないでくださーい!!』がの声が大きく記憶に残ってる派です。」(原文ママ)


「パンダを見に行く」ことは、家族にとって超重要なビッグイベントであっただけに、親も必死。
「子どもにどうしても見せてあげたい」という親心が強い一方で、子どもにはそれがピンときていなかったり、「見られるかどうか」が子どもにとってプレッシャーになってしまったケースは、意外とたくさんありそう。
場合によっては、それがいまだにトラウマになっている人も少なからずいるようだ。

カンカン&ランランで初めて知ったことと、なぜかのレッサーパンダ


「空前の「パンダ」ブームらしいが…その昔…ランラン&カンカンを見に行き、パンダの好物は『笹』と知り、『さぞかし、うんめんかぁ〜』と思って私も食べた事が有る」

「上野に日本初上陸のランランとカンカンを観に行ったとき、レッサーパンダが一番可愛いと、当時思ったんだ」

「むかーし、上野動物園にカンカンとランラン観に行ったけど、当時も人多すぎて立ち止まっちゃいけなかったから どこにパンダが居たのか全然わからんかった 象の方が面白かった」

「昔昔www ランラン、カンカンが来た頃に上野動物園に行ったことあるけど 凄い人だかりで見れなかった! そして何故かお土産がレッサーパンダだったわぁ 母親いわくパンダのぬいぐるみ高かったらしいwww」

ちなみに、自分が行ったときもやはり「立ち止まらないでくださーい!」が延々と繰り返され、「子どもだけ先に見て良い」とされ、親と離れて行列するのがちょっと不安だった記憶がある。

さらに、パンダ舎の前で「お子さんだけですよ〜、おヒゲのある人はダメですよ〜」と叫ぶ係員の方の注意に、幼児期特有のうぶ毛が気になった自分は「ヒゲがある人はダメだって」と言い、列から戻ってしまい、親に「ヒゲなんかないでしょ、子どもなんだから。なんで戻ってきたの!?」とガッカリされたことも、いまだに一つの苦い思い出となっている。

カンカン&ランラン世代の皆さんの思い出は、どんなものでしたか。
(田幸和歌子)