「およげ!たいやきくん」に次ぐミリオンセラーは?
1973年のチャートを見ると、宮史郎とぴんからトリオは、「女のみち」の1位のみならず、「女のねがい」で2位も獲得している
秋川雅史が歌うシングル「千の風になって」が8月20日付のオリコンランキングで100万枚を突破した。クラシック歌手として史上初めての快挙とのことだが、確かに100万枚っていうのはすごい。
計算上は日本の人口1億2千万人として120人に一人が買っているということになる。

ちなみに最近のシングルCDのミリオンセラーベスト3はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、1991年、CHAGE&ASKA 「SAY YES」(282万枚)、1992年、米米CLUB「君がいるだけで/愛してる」(289万枚)で、2000年のサザンオールスターズ「TSUNAMI」(293万枚)となっている。
100万枚どころか200万枚を突破、60人に一人が買っている計算。
そして歴代のシングルの売り上げはこれはもう有名な話ではありますが、1975年の子門真人「およげ!たいやきくん」(454万枚)。1970年代は流行歌の黄金時代と言われるけれど、それでも30年以上記録が破られていないといのはすごい。

手元に1968年から1985年までのオリコンシングルチャートの資料があるので、この間の100万枚突破の記録を振り返ってみた。

1968年では、千昌夫「星影のワルツ」(159.7万枚)、ザ・フォーク・クルセダーズ「帰ってきたヨッパライ」(131.3万枚)、ピンキーとキラーズ「恋の季節」(121.7万枚)、1969年では、由紀さおり「夜明けのスキャット」(109万枚)、森進一「港町ブルース」(102.4万枚)、いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」(100.3万枚)と2年連続100万枚突破が3曲。
1970年では、皆川おさむ「黒ネコのタンゴ」(141.5万枚)が1曲、1971年では、小柳ルミ子「私の城下町」(110.3万枚)、加藤登紀子「知床旅情」(102.8万枚)。
1972年、1973年には、何と2年連続で宮史郎とぴんからトリオ(1973年にぴんから兄弟に改名)「女のみち」がそれぞれ138.2万枚、181.2万枚でミリオンセラーとなっている。2年連続ミリオンセラー、合計すると売り上げは319.4万枚。現在では全CDの売り上げ中、売り上げは1%未満と言われる演歌で、である。宮史郎すごかったんですね。

ウィキペディアでは325万枚となっていて「およげ!たいやきくん」に次ぐ堂々の2位となっている。

そして1977、1978年はピンクレディーの年で4作品がミリオン。
1979年は、渥美二郎「夢追い酒」(145.4万枚)、ジュディ・オング「魅せられて」(102万枚)、1980年はもんた&ブラザーズ「ダンシング・オールナイト」(156.3万枚)。久保田早紀「異邦人」(140.4万枚)、クリスタルキング「大都会」(118.1万枚)。
こう言っては大変失礼だがいわゆる一発屋の当たり年? 1981年は、寺尾聰「ルビーの指輪」(132.7万枚)、1982年は、あみん「待つわ」(101.8万枚)、1983年は、大川栄作「さざんかの宿」(106万枚)、そして1984、1985年では、ミリオンはゼロとなっている。

いや、それにしても宮史郎とぴんから兄弟……おそれいりました。

(こや)