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日本軍が全児童にゴムまりを配っていた!?

       
昔から女の子の遊びと言えばその代表として“毬つき”があげられてきた。
でも、かつての毬は糸をぐるぐるに巻いたもので地面について遊ぶようなものではなく、手の平にのせて上につきあげて遊ぶ。地面に毬をついて遊ぶようになるのはゴムまりが登場してからだ。

今ではどれだけの子どもがゴムまりをついて遊んでいるのか分からないけれど、少なくとも私の周囲では見かけたことがない。
ところで、このゴムまり、意外なことで全国に普及していた。
ゴムまりというくらいだからもちろん、原材料はゴムなのだけれど、このゴムが大量にあまってしまったのでその使い道としてゴムまりを作っちゃったというのである。

第二次大戦中の1942(昭和17)年に日本軍がシンガポールを占領。ここで日本軍は一気に東南アジアの栽培ゴム園を押さえることになり、日本だけでは処理できないほどの大量を生ゴムを手に入れることになった。
そこで、これをどうするか、ということで処理する方法のひとつとして、とりあえずゴムまりを作って「戦勝記念」として当時の小学校、国民学校の児童全員に配ったというのだ。

これにはちょっと驚いた。時代は第二次大戦中である。もっと他に使用法はなかったのかと思ってしまうのだけれど……。
ところで、ゴムまりをもらった子どもたちの方はどうだったんだろう。
そこで、当時国民学校に通っていた母に話を聞いてみた。
「う〜ん、そう言われてみれば白いちっちゃいボールみたいなのをもらったかも。……ああっ、もらったもらった。私のはちょっとポコっとでっぱりがあって……。でもどんな風に遊んだか覚えてない」とのこと。
私はドッチボールのボールより一回りくらい小さいサイズを想像していたけれど、掌に乗るような直径10センチにも満たないゴムまりだったという。

さらに、母が小学校時代の同窓会がある、というので同級生たちにも聞いてもらうことにした。
「もらったけれどあんまり遊ばなかった」という答えがほとんどで、中には「野球をやったらどっかに飛んでっちゃってすぐに無くしちゃった」なんて話もあったそうだ。
「ちょっといびつだったからみ〜んなどっかにすぐすっ飛んでっちゃったのよ」と母。
モノを大切にする時代の人々なので、もっとありがたがって遊んだのかと思いきやそうでもなかったというものちょっと意外。
母の学校が特別ということはおそらくないだろうから、多くの人がそんな感じだったのかも。

時代はさかのぼるけれど、日本に初めてゴムまりが輸入されたのは明治時代。明治30年代頃には国産のゴムまりも製造されるようになったと言われている。そしてその国産ゴムまり製造によって誕生したのが日本独特の軟式テニス。

昭和17年に国民学校の児童に配られたゴムまりとは母たちの記憶を元に推測するに、どうやら軟式テニスのゴムボールだったようです。
(こや)

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「日本軍が全児童にゴムまりを配っていた!?」の みんなの反応 1
  • 匿名さん 通報

    小学校生へのゴムまりの配給は 1942年「仏印駐留記念」 43年「星港占領記念」と二回 大歓迎 初回は変形し 43年は弾みが悪く 失望 男子は庭球用の大きさで20銭女子は二倍強の大きさで24円

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2007年10月21日のコネタ記事

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