ヴァージニア・ウルフがあるエッセイの中で、書評家なんてガター(要約を抜き取り)&スタンプ(評価を印でつける)だけやっていればいい、というようなことを書いていてガックリきてしまった。たしかに書評は意識が読者に向かっている分、批評と比べて実作者にとっては物足りないものかもしれない。
「英語で小説を書いていて、その主要作品が一九六〇年以降に刊行されていて、著書が二冊以上出ている作家に対象を限定」したガイドブックなのだけれど、その内容といえば“ガイド”なんて生易しいものでは全然ないんである。トマス・ピンチョンはじめ主流文学の大物から、P・K・ディックのようなカルト作家、S・キングみたいなベストセラー作家まで一四八名(原書では二二五名)の作家の仕事や特色を紹介しながら、同時に読み物として面白く、しかも立派な作家論・作品論としても成立しているという、「ガイド」や「辞典」として調べものの時だけ手に取るにはもったいなさすぎる、通読せずにはいられない驚異の一冊なのだ。
たとえば、わたしの場合、ジョン・バースを評したこんな言葉に笑いながら共感してしまう。
「(バースの作品は巨大な迷路のごとき代物だから)ようやくバースの真意を摑んだ、と感じる瞬間があったとしても、心配には及ばない――どうせ錯覚だから。その先に、また何か新しいものが必ず待っている」。あるいは先頃『贖罪』という傑作が訳出されたばかりのマキューアンの項では、このニューロティック(神経症的)ロマン風の短編小説から出発した作家が、いかにして現在の成熟した作風へと変化していったのか、しかし変わったのは包装だけで中味はいかに変わっていないかを明らかにし、変化ばかりに気を取られていた底の浅い読み手(わたし)にガツンと一発喰らわせる。反対にミルハウザーの紹介はいささか見当はずれで物足りなく、ナボコフを若島正さんが担当しているように、ここは柴田元幸さんにこそ書いてほしかったと思うような項目も存在するとはいえ、ほとんどにおいて読みが深く、作品へのアプローチに芸のある文章ばかりが寄せられているのだ。こんな簡潔で端的で面白い作家論が書けるだろうかと自問すれば、恥じ入って首をうなだれるより他なし。そういえば、九六年に国書刊行会から『世界×現在×文学作家ファイル』が出た時も、うなだれたなー。
【この書評が収録されている書籍】
【書き手】
豊崎 由美
1961年生まれ。ライター、ブックレビュアー。「週刊新潮」「中日新聞」「DIME」などで書評を連載。
【初出メディア】
レコレコ(終刊) 2003年7-8月号
【書誌情報】
サロン・ドット・コム 現代英語作家ガイド
翻訳:柴田 元幸
編集:ローラ・ミラー,アダム・ベグリー
出版社:研究社
装丁:単行本(612ページ)
発売日:2003-04-23
ISBN-10:4327376868
ISBN-13:978-4327376864