『灰色のユーモア: 私の昭和史』(人文書院)著者:和田 洋一Amazon |honto |その他の書店
昨年出版した「暗い時代の人々」(亜紀書房)は私の本にしては、多くの読者を獲得した。そしてこれを読んで企画を思いついたのだということで、京都の人文書院から和田洋一「灰色のユーモア~私の昭和史」が送られてきた。
驚いた。和田は私が本の中で取り上げた中井正一らの「世界文化」(昭和10年創刊)に反ナチスの論陣を張った故人であり、言論弾圧と治安維持法の時代を回想している。

同志社大学のドイツ語教師で、父親は同志社大学学長。クリスチャンだったが、マルクス主義者ではない。合法的な執筆をしているつもりでいたら、特高に無理矢理に引っ掛けられ留置署に入れられる。そして「共産主義実現の意図で執筆した」という自白の手記を書かされる。
それを元に起訴し、未決拘置所に移す。そうしないと出してもらえないので、嘘の転向書を作文する。

その獄中の細かな様子が、リアルというかコミカルというか、ぞっと総毛立つ。

インテリに特高は甘い。50銭の弁当の差し入れを許し、時には下鴨署近くでうまいものも食おうと誘う。「払うのは君や」。
しかし朝鮮人はリンチする、女がしぶといと「物差しを持ってきて穴の中に差し込んでやりますね」とエロの特高はいう。厚遇も束の間、選挙違反のお偉方が入ってくると、インテリは北向きの独房に移される。あからさまな差別。しかも巡査部長はいう。「和田先生、あんたは警察の取り調べに対して、さっぱり戦っておらんではないですか」これは「京都人民戦線事件」と呼ばれている。

それは「一人一人がもがいても嘆いても、結局はみんながずるずると滑り落ちてゆく」時代であった。
人ごとではない。共謀罪、都の迷惑防止条例、すべてお上の解釈でなんとでも引っ張れる。「そんなことがあったなあ」では済まない「いつか来た道」になりそうだ。本書に納められた鶴見俊輔「亡命について」も多くを考えさせられる。

【書き手】
森 まゆみ
作家・編集者。1954年東京都文京区生まれ。
早稲田大学政経学部卒業。東京大学新聞研究所修了。1984年、地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を創刊、2009年の終刊まで編集人を務める。専門は地域史、近代女性史、まちづくり、アーカイブ。98年に『鴎外の坂』で芸術選奨文部大臣新人賞、03年に『「即興詩人」のイタリア』でJTB紀行文学大賞、14年に「青鞜の冒険」で紫式部文学賞を受賞。そのほかサントリー地域文化賞、建築学会賞(文化賞)他。
著書に『「谷根千」の冒険』『女三人のシベリア鉄道』『海に沿うて歩く』『おたがいさま』『暗い時代の人々』『子規の音』など多数。

【初出メディア】
日刊ゲンダイ 不明

【書誌情報】
灰色のユーモア: 私の昭和史著者:和田 洋一
出版社:人文書院
装丁:単行本(301ページ)
発売日:2018-02-28
ISBN-10:4409520695
ISBN-13:978-4409520697