ゴールデンウイーク到来。この時期、新緑や残雪を求めて山歩きを楽しむ人も多いでしょう。
しかし、その「装備」と「覚悟」はいかがでしょうか。

日本では、遭難救助に警察や消防が出動した場合、その費用の多くは税金で賄われます。この「公助」の恩恵が、自分の実力や準備不足の免罪符となっていませんか?

世界の山岳先進国の事例を見ると、日本の特殊な現状が浮き彫りになります。

■「命の値段」は自己負担が世界の常識
この年始、筆者の息子が祖父母とオーストリア西部のスキーリゾート「サンクト・アントン」を訪れた時のこと。現地では雪崩の警報(5段階中)レベル4が出されており、非常に注意が必要な状態でした。

それにもかかわらず危険な「オフピステ」、つまり整備されたコースの外へ向かうスキーヤーを少なからず目撃したそうです。同日、そのオフピステでアメリカ人やポーランド人を含む5人のスキーヤーが命を落としました。

危険を犯してでもオフピステへ向かうのが珍しくないのは、その背景に欧州の「万が一の際の救助費用は個人負担」という冷徹な大前提があるからかもしれません。

▼​​​​​オーストリア:救助は自己責任、医療はほぼ無料アルプス国のオーストリアは、この線引きが明確です。雪崩などでヘリ救助が行われれば、数千~1万ユーロ(数十万~数百万円)の費用が自己負担となるため、リスクに備えて山岳保険への加入が一般的となっています。

例えばオーストリアのスキー連盟「Ski Austria」の会員保険では、スキー事故の救助費用が最大2万5千ユーロ(約460万円)まで補償されており、これにはヘリコプターによる山岳救助や搬送費なども含まれています。

ただ注意しなければならないのは、本人が亡くなって発見された場合でも、救助や捜索費用は帳消しとならず遺族に請求されることです。
うっかり本人が保険未加入であれば、遺族は大切な家族を失った上、高額な費用を負担することになります。

一方で、オーストリアの医療は大変寛大です。というのも、公的制度の範囲であれば自己負担額は基本的に0割。筆者自身もオーストリアに暮らしていた際には、入院や高額歯科治療でもない限り、治療費を支払った記憶がありません。

たとえ入院しても、支払うのは1日10~20ユーロ(2000~3000円程度)の入院費(※食事込み)と退院後の処方薬代(一律数ユーロ、約1000円強)のみ。歯科医療もレントゲンや虫歯、根管治療などの基本治療は無料という、非常に手厚い制度なのです。

これは日本の3割負担と比べても、非常に寛容な制度といえるでしょう。ただし、この制度は随分以前から大きな課題も指摘されています。

移民の大家族が1人の保険証を使いまわして高額医療を受ける「不正利用」から生じる財政の逼迫(ひっぱく)や、本当に医療を必要とする患者が予約を取りづらいなどの「医療リソースの偏り」など健全とは言えない側面があり、オーストリア政府も対応を迫られています。

▼スイス:救助も医療も「まず自己負担」筆者が現在住むスイスでは、自己負担度がさらに徹底されています。雪崩でのヘリ救助は、オーストリアと同じく数千~数万フラン(数十万~数百万円)単位の費用ですが、人件費が桁違いに高いスイスでは、捜索時間が長引くほどに費用が高騰する可能性があります。

そして医療分野は、たとえ健康保険に加入していても一定額までは基本的に10割負担です。


扶養家族の有無や片親世帯といった家庭状況や、加入する保険プランにもよりますが、月々の保険料を10万円払った上で、年間50万円までは自己負担(いずれも一人分費用)ということも珍しくありません。

そのため周囲を見まわすと、多少の不調は我慢する人も決して少なくありません。

さらに海外での有事の際にも、自己責任の発想が如実に表れています。スイス政府は、「身代金はさらなる誘拐を助長する」として、人質事件においても身代金は支払わない方針(no-ransom policy)を明確に掲げ、自国の人質救出に向けた外交交渉は行うものの費用については個人や保険による負担を前提としています。

中東情勢が緊迫するなかでも、スイス政府は紛争地から帰国する輸送手段は手配しても費用は自己負担とする方針をとっているため賛否の声があがります。

医療も人命救助も「自前」が基本のスイスは、日本人から見ると大変シビアな自己責任社会といえるでしょう。

■日本の救助費用は「税金」で賄われる
そして日本では、基本的に救助費用は税金で賄われるため遭難者が救助費用を直接請求されることは多くありません。

しかし近年では、個人の不注意による救出にまで救助隊員が命を懸けたり、高額な税金で賄われることの不公平感が頻繁に指摘されています。

特に、外国人旅行者による救助要請の報道が重なった場合などは、国民感情が更に複雑になるケースもあります。

「軽装で入山し、動けなくなったからヘリを呼ぶ」

そんな危機意識を欠いた行動が、どれほど多くのリソースを浪費し、救助する側の命を危険にさらしているか想像したことはあるでしょうか。

ゴールデンウイークの山は、下界が春の陽気でも山頂は厳冬期並みの寒さになる「魔の季節」です。アイゼンを持たない、地図が読めない、適切な防寒着がない「装備不足」は、無責任と言われても仕方がありません。


■同じ「命」でも、負担の前提が違う
オーストリア、スイス、そして日本。いずれも先進国ですが、「誰が費用を負担するか」という前提は大きく異なります。

日本では公が支え、オーストリアは分野ごとに線引きをし、スイスは一貫して自己責任とする……どの制度にもメリットの一方で課題があります。

この制度の違いは、そのまま「個人の自立」に対する考え方の違いでもあります。 日本の公助の温恵を、安全への慢心に変えないこと。山を楽しむための「最低条件」とは装備だけではなく、自らのリスクに責任を持つ覚悟そのものなのかもしれません

この記事の執筆者: ライジンガー 真樹
元CAのスイス在住ライター。南米留学やフライトの合間の海外旅行など、多方面で培った国際経験を活かして、外国人の不可思議な言動や、外から見ると実はおもしろい国ニッポンにフォーカスしたカルチャーショック解説記事を主に執筆。日本語・英語・ドイツ語・スペイン語の4ヶ国語を話す。

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