拘置所の接見室でそうこぼすのは、2025年に特殊詐欺の「受け子」として逮捕された高林翔也氏(仮名・33歳)だ。
SNSで詐欺や強盗などの実行犯を募る「闇バイト」。
「無職を救う」甘い言葉に誘われて
離婚、200万円の借金、そしてうつ状態。どん底のなか実家に身を寄せていた高林氏の転落のきっかけは、無料の匿名チャットアプリで見つけた「無職を救う」と謳うアカウントとの出会いだった。相手は「秘書業務で月収40万~50万円稼げる仕事がある」と持ちかけてきた。導かれるまま、やりとりの場は秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」へ。一定の時間が経つとメッセージが自動消去され、サーバーに一切の証拠が残らない仕様のアプリだ。
数日後、「統括」を名乗る男性から通話で、「大手便利屋から独立した人物が始めたサービスであること」、「土日祝日は休みで、毎週日曜までにシフト希望を提出すること」、「大切な書類を運ぶ仕事で、報酬は案件によること」、「もし仕事がなくても待機だけで1万円の報酬が保証されること」などを説明された。
「早く安定した職に就きたかったので、正社員になれるか聞いてみたんです。そうしたら『半年くらい続けたら可能性はあるけど手取りが減ってしまうからほとんどいない』と言われました」
妙にリアリティのある説明に高林氏は納得した。働く意思を伝え、指示されたとおりマイナンバーカードの写真や母親の氏名、電話番号といった個人情報を送信した。
「一般的なバイトの採用手続きでも、身分証の提示や緊急連絡先の登録は当たり前に行われますよね。だから一切抵抗がありませんでした」
日常になっていく「受け子」の仕事
業務は、特殊詐欺の「受け子」そのものだった。事前に電話役の「かけ子」が親族などを装い、「至急、大金が必要になった」と高齢者を信じ込ませる。高林氏はその準備が整った家へ、現金を回収しに行くだけの役割に過ぎなかった。わずか1か月半で約20件もの高齢者女性宅を回り、その都度5万円程の報酬を手にした。訪問の際、指示役とは通話を繋いでおき、偽名を名乗る。
「偽名については、『高齢の方は、担当者の名前が変わると混乱してしまうから』と言われました。周囲の確認も、『不審者と間違われて通報されたトラブルがあったため』と。すべての疑問にあらかじめ回答が用意されているかのようでした」
一方で高林氏は、なんらかの犯罪行為である可能性を感じていたという。
「最初の稼働から『ヤバい仕事かも』とは薄々気づいていました。でも、それを突き詰めるより1日5万円という高報酬の誘惑に負けてしまったんです。ただ、まさかおばあちゃんから大金をだまし取るような残酷なことをしているとは想像もしていませんでした。結局は、自分の無知と甘さ。それに尽きると思います」
組織にとって、彼のそんな特性は好条件だったに違いない。毎週末にシフトを提出し、粛々と業務をこなす。
高林氏が逮捕までに手にした報酬はおよそ100万円。半分は実母や兄弟に渡し、残りは自身の生活費や遊び代に消えた。一方で、被害額は起訴された4件だけでも1200万円超。すべての稼働を合わせれば、単純計算で5000万円を超える資産が奪われたことになる。
指示役らへの“いびつな親近感”
指示役には固定の3人が、ランダムに当てがわれる。「久しぶりに僕の担当ですね」なんて気さくに声をかけられたこともあった。無茶な時間指定にも必死に走って間に合わせると「助かりましたよ」と労われた。「今度飲み会があるから、そこでみんなに紹介しますよ」と言われたこともあり、親しみすら感じていた。
顔も合わせない“職場”。だが、そこはいつしか彼の居場所になっていたのかもしれない。
初犯で懲役6年の実刑判決。代償はあまりに重い
潮目が変わったのは、親しい友人に仕事の内容を話したときだった。「それ、受け子じゃないか」と指摘され、初めて離脱を考えた。次の仕事は体調不良と嘘をついて欠勤し、連絡を無視し続けた。その間も脅しや追及を受けることは一切なく、数日後、高林氏は逮捕された。現在の心境を問うと、被害者への申し訳なさと後悔を口にする。しかし、自分を使い捨てた指示役らへの怒りは、今も湧いてこないという。
「信じていた人に裏切られた悲しみのほうが強い。願わくば彼らも更生してほしいです」
後日、法廷で高林氏が言い渡されたのは、懲役6年の実刑判決だった。
ホワイト偽装は“受け子管理の新手法”
「彼らは常に、捕まらずに効率よく稼ぐための合理性を追求しています。入口から一般の仕事を装い、シフト制などでカモフラージュして信じ込ませる。
「ホワイト企業」のような振る舞いを徹底する理由は他にもある。
「実行犯に犯罪の自覚があると警察を見て怯えたり、自首したりすることもありますが、合法的な仕事だと思い込んでいると現場での振る舞いが自然になり、結果的に成功率が上がります」
指示役たちの実像は、世間の反社のイメージとはギャップがあるという。
「指示役やリクルーターの多くは社会人経験があり、言葉遣いも丁寧な、人材活用に長けた手練れです。今の若者は叱責に弱く、恐怖で縛ると動けなくなってしまう。優しく接して能力を引き出し、逮捕まで効率よく運用したほうが組織にとって合理的なんです」
この巧妙なホワイト偽装を見破る術はあるのか。
「怪しい求人の見極め方はシンプルです。『シグナル』のような秘匿アプリへ誘導されたら、その時点で遮断してください。普通の企業が履歴の消えるアプリで業務指示を出すはずがありません。それが唯一の自衛策です」
被害が拡大するなか、近年は特殊詐欺の厳罰化が進んでいる。高林氏が尽くした「ホワイトな職場」は、最終的に「初犯で懲役6年」という容赦ない実刑判決で締めくくられた。
想像を超えた重い現実を前に、彼は今、理解しようと努めながらも追いつかない感情との間で揺れている。
【草下シンヤ】
作家、編集者、マンガ原作者。
<取材・文/週刊SPA!編集部>
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