「老けたね」「昔はもっときれいだったのに」

アラフィフにもなると、悪意としか思えない言葉を投げ掛けられることも増えてきます。しかし、無自覚な「老い」の指摘には、いつまでも慣れることはありません。


■ひそかに心をえぐる「年齢差」ワード
私たちの心をバキッとへし折る瞬間は、日常の思わぬところに潜んでいます。

例えば職場。年下のイケメンな部下や、取引先の好感度100%な担当さんとの会話は、日常にわずかなときめきをもたらす大切な瞬間です。

そこで「〇〇さんって頼もしいですよね、お母さんみたい!」と、満面の笑みで言われたら、アラフィフ女性はひそかにショックを受けるでしょう。

彼らにとっては褒め言葉なニュアンスでも、「お母さん」というワードは、アラフィフ女性にとって「圏外」へと追いやられた絶望しか感じません。まだ「姉御」ならば素直に受け止められますが、たとえ年齢差が親子ほどあっても、職場の若い子から「母親」だと思われるのはいい気がしません。

また、外見の美しさやファッションを褒めるときに「昔のアイドルみたいですね」などと言われたら、アラフィフ女性は皮肉としか思えません。年下から言われる「昔の」というワードは、アラフィフ女性を容易に打ちのめします。

■世代でザックリ区切られる疎外感
ママたちの出産年齢はさまざま。世代が違っても同じ「ママ友」として付き合っている年下の女性たちから、ズシンと重く響く言葉が発せられることがあります。

「2人目、産むか悩みますよね。〇〇さんちは(年齢的に)もう終わりだからいいですよね」

自分では「もう2人目は無理」と思っていても、若いママから決めつけられるのは不愉快です。


あるいはおしゃれなファッションや美容の話をしているとき。

「〇〇さんにはちょっと若作りかもしれませんが」と勝手に線引きされたらショックです。

他意はないのでしょう。彼女たちの若さに嫉妬しているわけでもありません。

ただ、彼女たちとの会話の中で、最年長の自分は「おばさん」に分類されていることを言葉の端々に痛感させられるのは、じわじわと傷つきます。

■失った若さの代わりに得た魅力とは
屁理屈に思うかもしれませんが、実は「傷ついた」と解釈する受け止め方そのものが、あなた自身を最も傷つけています。

心無い言葉に傷つくのは、あなた自身がまだ年下の若者たちと自分との差を認めていないから。若者が率直に口にした言葉はどれも「図星」なのに、認めたくないという抵抗感から「そんなこと言われたくない」と傷ついてしまうのです。

アラフィフのあなたが若者よりも老けているのは当たり前。長く生きているぶん、失った若さはあれど、逆に得た経験値や知見という「別の魅力」だってあるはずです。自身の老いを認めたくないのは、「別の魅力」を得たという自信がないからではないでしょうか。

若いことの価値は、大人であることの価値にはおよびません。
アラフィフのわれわれが手に入れた「経験」「知性」「包容力」といった魅力は、年輪と共に培われた「成熟」という名の価値であり、それは無限に増えていきます。

アラフィフのあなたは立派な大人です。他人からどう見られるかという意識よりも、今自分が何を目指し、どんな自分でありたいか、ということに意識を向けるべき。

年下男性に「お母さんみたい」と言われたら「包容力を認められた」と喜べばいいのです。

若作り上等。「年齢不詳」と絶賛されるまで外見も磨けば、何も怖くありません。

年齢には抗わない。若いママより経済的に余裕ある子育ては子どもにとってもメリットです。

誰もがいつかは若さを失います。その先は、成熟という別の魅力が備わります。その過渡期には、傷つく瞬間もあるでしょう。しかし傷を乗り越えることであなたは強く、そして美しい女性へと成熟していくのです。

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