出版不況で収入が激減し、人生の最終コーナーで新たな一歩を踏み出すべく、大手の宅配便会社に応募した63歳のフリーライター。
即採用され、向かったのは夏の朝4時半からスタートする「早朝の荷分け作業」。
定年後の働き口事情を描く体験型職業ガイド『60歳からのハローワーク』(飛鳥新社)より、リアルな「宅配倉庫編」を一部抜粋・編集してお届けします。
■「年配者の手も借りたい」はず。大手宅配会社の求人に応募してみた
体験しておきたかった業種の1つに宅配便会社がある。流通業界は深刻な人手不足が言われているからだ。その状況が近い将来解決するとは考えづらい。いまだに手作業で行わなくてはいけない業務が多いからだ。そもそも各家庭や企業には人が荷を運ばなくてはならない。この業種にはまだ働くチャンスがあるのではないか。
アマゾンや楽天をはじめ、ネット通販は流通のメインストリームになった。食料も、日用品も、服も、本も、日本では多くの人がネットで購入している。お米や、お酒をはじめとする飲料のような重いものも自宅に届けてくれる。
そんな時代に、問題が起きた。日本郵便の全国の郵便局3188カ所のうち、75%にあたる2391カ所で、配達員に対し、飲酒の有無などの確認の点呼が適切に行われていなかったことが明らかになった。
「日本郵便が配達員の点呼を適切に行っていなかった問題で、国土交通省は25日、トラックなどおよそ2500台の車両を使った運送事業の許可を取り消しました。また3万台余りの軽自動車を使った事業については早急な対策を求める安全確保命令を出しました」(2025年6月25日「NHK NEWS」より)
国土交通省が監査。虚偽の点呼記録の作成など違反行為を確認。
トラックやバン2500台が使用できなくなることによるダメージは計り知れない。これまで日本郵便が担(にな)ってきた宅配分をその他の宅配会社が運ぶことになるかもしれない。売り上げが大幅に増すチャンスとはいえ、それでなくても人手不足のこの業種はさらに深刻な状況になるだろう。猫の手といわずとも年配者の手も借りたい状況になっているのではなかろうか。
■ほぼ24時間稼働する「倉庫の荷分け」という狙い目
宅配会社と聞くと、まずイメージするのは配達スタッフではないだろうか。
街を歩いていると頻繁に出会うし、自宅にも届けてくれるので接触が多い。馴(な)じみがある。しかし、もちろんほかにもたくさんの仕事がある。配達前の倉庫には大量の配達物が届き、荷分けするスタッフも大量にいる。ほぼ24時間稼働している。
求人状況を確認すると、あるわあるわ。短期、長期、日雇い……。毎日労働力を募集している。そのなかの1つ、大手の宅配業者に応募すると、即採用してくれた。時給は1300円。深夜・早朝は1400円。
■早朝4時半、倉庫に集まる老若男女
早朝4時、夏の空がようやく白(しら)み始めた時刻、東京の郊外にある宅配便会社の倉庫を訪れて入口で待った。
集合時間は4時30分。その時間までに30人ほどの作業員が集まってきた。女子高生たちははしゃいでいるが、ほかはだれも口をきかずにじっと待機している。
受付が始まると、まず誓約書にサインを求められた。主な内容は作業中に見た荷の情報を外に漏(も)らさないということ。その営業所の担当地域に著名人がいたとして、そこに届いた荷の内容を知ることになっても他言しないよう徹底された。
採用された職種は荷分け。営業所に集まってきた荷を配達する地域ごとに分け、トラックに積む仕事だ。
■誰が来ても機能する分業制の現場で「ロボット」になる
サッカーの試合ができそうなほどだだっ広い倉庫内に案内されると、縦横にベルトコンベアが動いていた。常駐のパートさんであろう女性に、働くポジションを指示された。そこに流れてくる荷を分けていく。
誰も口を利(き)かない。ロボットになった気分だ。実際に、近い将来ロボットに奪われる作業かもしれない。
チャールズ・チャップリンの映画『モダン・タイムス』を思い出した。劇中、巨大な製鉄工場で働く主人公の工員は、ベルトコンベアを流れる部品のナットをスパナで締め続ける単純作業をくり返していた。単純作業の連続に耐えられなくなった工員は精神的に病んでいく。
宅配便会社は令和版の『モダン・タイムス』だ。現場のシステムはよくできている。
■最大の弱点は老眼か?
最初は問題なくやれる作業だと思った。しかし、始めると、想定外の自分の弱点に気づかされた。老眼だ。流れてくる荷に貼られている住所やナンバリングがよく読めない。ベルトコンベアの動きに動体視力が追い付かない。瞬時に判断できないため、仕分けに手間取ってしまう。まいった。
住所が読めませんとは言えない。しかたなく、流れてくる荷に顔を近づけたり遠ざけたりしてラベルの文字を読んだ。小さい文字は、目を見開いて“ガン見”した。
それでも、人間の能力はすごい。徐々に目が慣れてきた。荷の住所を難なくとは言わないけれど、読めるようになっていく。目が慣れてしまえば、63歳でもてきぱきと作業できた。
うれしくなって、ガンガン働いた。シャツの背中や胸が汗で濡れてきたけれど、そんなことは気にならない。
■隣でクール便を積む30代男性が語った、それぞれの事情
作業がスタートして2時間半ほど経ったころだろうか、ベルトコンベアで流れてくる荷は明らかに少なくなった。やがてベルが鳴り、作業終了。その時点で倉庫にあるすべての荷が仕分けされたらしい。そして荷を各配送トラックに積み込んでいく。
作業時間は4時間。15分だけ残業もした。追加されたのはクール便をトラックに積む仕事だった。
倉庫から出ると、朝の光がまぶしい。単調な作業ではあったけれど、スポーツの後に近い爽快感を思い出した。スポーツのトレーニングも単調なものが多い。基礎練習が大切だ。
トラックへの荷積みでペアを組んだ30代の男性はWワークだった。これから会社へ行くそうだ。週に3回宅配会社で働いて、独立するための資金を貯めているそうだ。どんなビジネスを始めるのかは教えてもらえなかった。
スタート時に見かけた高校生のギャルグループは更衣室で制服に着替えて走っていった。学校へ行くらしい。朝授業の前に働くのだから、夜のバイトよりも健全だ。
「行っていらっしゃい! 気を付けるんだよ! また手伝ってね!」
宅配便会社の人が鼻の下をのばしてギャルグループを見送る。彼女たちは常連なのだろう。
■1日100件以上の求人が届き続ける「宅配業界のリアル」
まじめに働き、残業の依頼にも応じたからだろうか、それからは毎日仕事の依頼が来る。宅配便の仕事は昼夜問わずあるので、早朝、午前、午後、夜……すべての時間帯の仕事依頼が届く。同じ会社の別の営業所からも求人が届く。トータルすると、1日に100通を超えるのではないだろうか。その状況は倉庫で働いて半年近く経ってもまだ続いている。
宅配物は今後も増えるはず。営業所も増えているようなので、しばらくは求人が減らない業種だろう。
この書籍の執筆者:神舘和典 プロフィール
1962(昭和37)年東京都生まれ。雑誌および書籍編集者を経てライター。政治・経済からスポーツ、文学まで幅広いジャンルを取材し、経営者やアーティストを中心に数多くのインタビューを手がける。中でも音楽に強く、著書に『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』(新潮社)など。
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