確かに、統計データを見ても発達障害と診断されるお子さんや、何らかの支援につながる子どもの数は年々増えています。しかし、それは決して「脳の病気を持つ子どもが急増している」という単純な理由からではありません。背景には、医療における「診断基準の変化」や、発達障害に対する「社会的な認識の高まり」が複雑に関わっているのです。
今回は、25年以上発達障害診療に携わる小児神経科医の視点から、信頼できる研究データをもとに、子どもの発達障害の現状と、診断基準がたどってきた変化について分かりやすく解説していきます。
■データで見る子どもの発達障害・神経発達症群の実状
最初に用語を整理しておくと、アメリカ精神医学会が作成した精神疾患の診断基準をまとめた2022年3月改定DSM-5-TR(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision)において、「発達障害」という用語は、医学的には「神経発達症群」(Neurodevelopmental Disorders)と訳されています。
一方で、一般向けや制度上は発達障害という表現が広く使われています。本記事でも、基本的には「神経発達症」という言葉を用います。
アメリカにおける現状を見てみましょう。2023年に公表された大規模調査では、3歳から17歳までの子ども2万6422人を対象に、2018年から2021年における神経発達症の状況が分析されました。その結果、何らかの神経発達症があるとされた子どもの割合は16.65%で、およそ6人に1人にあたります。
主な内訳は、注意欠如・多動症(ADHD)が9.57%、限局性学習症(学習障害・LD)が7.45%、その他の発達の遅れが5.24%、自閉スペクトラム症(ASD)が2.94%、知的発達症(知的障害)が1.72%でした。
何らかの神経発達症がある子どもの割合が16.65%、およそ6人に1人というのは、この数字だけを見ると非常に多く、増加していると感じられるかもしれません。
■自閉スペクトラム症増加の約4分の1は「診断基準の変化」が原因
さて、ここで興味深い研究結果を紹介します。2009年にアメリカのコロンビア大学から発表された論文では、アメリカのカリフォルニア州における1992年から2005年までのデータベースを用いて、1987年以前に生まれた自閉スペクトラム症の子ども7003人を対象に、診断増加の要因が分析されました。
その結果、この期間にみられた増加のうち26.4%は、診療現場での診断基準の運用や適用の変化で説明できると報告されています。つまり、自閉スペクトラム症そのものが急増したというだけでなく、診断の捉え方が変化し、以前より診断につながりやすくなった側面があると考えられます。
この背景には、診断基準である1994年改訂のDSM-4や2000年改訂のDSM-4-TRの導入に加え、1998年と2001年から2002年にかけてカリフォルニア州で診療の指針となるベストプラクティスガイドが整備されたことがあります。こうした基準や運用の見直しが進んだ時期には、従来は知的障害のみと診断されていた子どもが、新たに自閉スペクトラム症と診断される可能性が1.55倍から1.82倍に上昇していました。
これは、診断名の変化が理解や支援のあり方を大きく変えることを示しています。かつては知的障害として一括りにされていた子どもが、自閉スペクトラム症として捉え直されることで、その子の特性に応じた理解や支援を考えやすくなりました。
つまり、これまで見過ごされていた子どもが、新しい診断基準や医学的理解の進展によって見いだされやすくなった面があるのです。こうした意味で、自閉スペクトラム症が増えているように見える背景には、医学の進歩が関わっています。
自閉スペクトラム症の特性は人によってかなり違い、強さにも幅がありますが、大きく分けると対人関係やコミュニケーションの特性と、興味や行動の偏り・こだわりの2つが挙げられます。
■精神医学の進歩により重複症・併存症への理解が向上
精神医学の進歩によって、診断の枠組みだけでなく、重複症や併存症への理解も深まってきました。こうした変化は、自閉スペクトラム症にも大きく表れています。2013年に改訂されたDSM-5では、それまで別々に分類されていた自閉性障害、アスペルガー障害、特定不能の広汎性発達障害などが、自閉スペクトラム症という一つの概念に整理されました。
その結果、以前は診断名がつきにくかった子どもの特性や困りごとも、自閉スペクトラム症として理解されやすくなったと考えられています。
また近年では、限局性学習症と知的発達症、注意欠如・多動症と自閉スペクトラム症のように、複数の神経発達症が併存するケースへの理解も、臨床現場で大きく進んでいます。こうした場合でも、丁寧な発達評価を行うことで、それぞれの特性や困りごとに応じた支援を検討しやすくなっています。
■正しい診断は、適切な支援への第一歩!
お子さんが発達障害の特性があると診断されると、保護者の方は「これからどうなるのだろう」と不安や戸惑いを抱くことがあるかもしれません。しかし、小児神経科医としてお伝えしたいのは、診断基準の変化によって診断につながりやすくなったことは、決して悪いことではないということです。
かつては、「わがままな子」「親の育て方が悪い」「落ち着きがない子」などと誤解され、生きづらさを抱えたまま過ごしていた子どもや深く悩む親御さんも少なくありませんでした。けれども今は、適切な診断によって、それが本人の努力不足や家庭の問題ではなく、生まれつきの発達特性によるものであると理解されやすくなっています。
だからこそ、私たち大人は、子どもの特性を正しく理解することが大切です。
▼秋谷 進プロフィール小児神経学・児童精神科を専門とする小児科医・救急救命士。プライベートでは4児の父。子どもの心と脳に寄り添う豊富な臨床経験を活かし、幅広い医療情報を発信中。
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