アニメサイト連合企画
「世界が注目するアニメ制作スタジオが切り開く未来」
Vol.17 Production I.G

世界からの注目が今まで以上に高まっている日本アニメ。実際に制作しているアニメスタジオに、制作へ懸ける思いやアニメ制作の裏話を含めたインタビューを敢行しました。
アニメ情報サイト「アニメ!アニメ!」、Facebook2,000万人登録「Tokyo Otaku Mode」、中国語圏大手の「Bahamut」など、世界中のアニメニュースサイトが連携した大型企画になります。

Production I.G代表作:『攻殻機動隊』シリーズ、『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズ、『黒子のバスケ』『ハイキュー!!』『銀河英雄伝説 Die Neue These』『B: The Beginning』『ULTRAMAN

『攻殻機動隊』シリーズや『PSYCHO-PASS』シリーズなど、エッジの効いたアニメーションで国内外のアニメファンを魅了するProduction I.G(以下、I.G)。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『イノセンス』の押井守監督や『東のエデン』『ULTRAMAN』の神山健治監督など、時代を代表する作品やクリエイターを多数輩出し、さらに『進撃の巨人』のWIT STUDIOや『バースデー・ワンダーランド』のシグナル・エムディなどのアニメスタジオを生んだ派生元でもある。
そのアニメ界への影響力は計り知れない。

今回はI.G創業者であり代表取締役社長として敏腕クリエイターたちを率いて名作を生み出してきた石川光久氏に、その前史を含めた歴史と未来のビジョンについてロングインタビューを行った。
[取材・構成=いしじまえいわ]

取材を行ったI.G本社ビルは、三鷹の住宅街に位置する。


社屋1階にはピッツァレストラン「武蔵野カンプス」。スタッフもよく訪れるらしく、取材後、編集部も看板メニューのピザを堪能させてもらった。

エントランスに並ぶ代表作のポスター

取材を行った応接室には、各種トロフィーがズラリ

『攻殻機動隊 S.A.C.』とTC楽器のコラボ・ギター「TACHIKOMA GT」

■「アニメは、90パーセントはアニメーターさん次第」
石川光久氏
――石川さん老舗アニメスタジオのタツノコプロからキャリアをスタートされていますが、何がきっかけでアニメ業界に入られたのですか?

石川:もともと「車人形」という文楽に似た人形劇の劇団に所属して、修行をしていたんです。その劇団は地方巡業などもしていたのですが、ある時海外公演が決まり、僕は置いてけぼりを食らってしまって。
劇団の海外公演からの戻りを待っている時にたまたま見たアルバイト雑誌にタツノコプロの募集が載っていて、どんな仕事かもわからないまま入りました。

当時は特にアニメが好きというわけではなかったのですが、『紅三四郎』や『マッハGoGoGo』のキャラクターデザインには惹かれていました。
それらがタツノコ作品だと知ったのも入った後のことです。
でも、不思議な縁で、僕はこの世界に深くハマり込んでしまいました。

思い返すと、僕は元々人間が演じる歌舞伎よりも人形浄瑠璃文楽の魅力に強く惹かれていました。実写映画も好きでしたが、アニメにより深くハマったのも必然だったのかもしれないですね。

――タツノコプロさんではどんなお仕事をされたのですか?

石川:『黄金戦士ゴールドライタン』と『未来警察ウラシマン』の制作進行を合計1年3ヶ月くらい、その後にデスクやラインプロデューサーを4年間です。
特に制作進行をしていた1年間は寝られないくらい大変だったんですけど、原画や動画にたくさん触れることができて、すごく楽しかったですね。
僕のアニメ人生の中でも一番楽しい時期だったんじゃないかなと思います。

この時、アニメは90パーセントはアニメーターさん次第なんだと理解しました。クオリティもスケジュールも、アニメーターさんとどう付き合うかが勝負だし、自分の人生の賭けどころはここだな、と思ったんです。

たくさんのスタッフが様々なセクションで働く現場のなかでも、アニメーターさんたちは気まぐれな神様のようなもので一筋縄ではいきません。賃金や契約などだけ整えてもダメなんです。ですのでアニメーターさんとの接し方には全神経を注ぎます。


――アニメーターを大事にされる気風は今のI.Gにも直接つながっているように感じます。

■I.G独立を支えたクリエイターと京都アニメーション
――タツノコ時代に他に得られたものはありますか? たとえば、尊敬する経営者の経営手腕とか……。

石川:そうですね……。むしろ当時は若かったこともあり、「せっかく優秀なクリエイターはいっぱいいるのに、経営者は無能だしゴルフや宴会ばっかりやってるし、やっぱり老害はダメだな!」と思っていたぐらいでした。
生意気にも、九里さんに向かって(九里一平、当時タツノコプロ代表取締役社長、『とんでも戦士ムテキング』キャラクターデザイン等)と「社長はクリエイターとしては尊敬していますが経営者としては無能ですよね」「お前は俺に一体何の恨みがあるんだ?」なんて会話をしたことを覚えています(苦笑)。

――なんと(笑)。
ものすごく熱血というか、フランクというか……。

石川:自分が経営する側となった今では、当時の久里さんのお立場やお考えを少しは理解できるようになり、血気盛んな青年の主張とはいえ、自分はなんということを言っていたのだ……と思います。

――そういった思いがきっかけでタツノコプロさんから独立されたのでしょうか?

石川:そうですね。大きな会社の中にいられない優秀なアニメーターがどんどん抜けていくのを見ていて、組織としての限界を感じていました。
一方、なかむらたかしさん(『AKIRA』作画監督等)が『ウラシマン』のプロジェクトに招いてくれたり、真下耕一さん(『ウラシマン』チーフディレクター等)が僕の名前を特例的にオープニングにクレジットしてくれたり、クリエイターの方々にはとてもよくしていただきました。

そういったこともあって「どうせ辞めるなら自分が納得できるような、これからのアニメ業界を支えるような活きのいい若いクリエイターを中心にした作品を作ってからにしよう」と考えるようになりました。

そこで、その時期社内で企画が進んでいた『赤い光弾ジリオン』を自分に任せてもらうために優秀なクリエイターに可能な限り声をかけました。

なかむらさんや真下さん、スタジオ鐘夢(スタジオチャイム)を主催していた後藤(後藤隆幸、Production I.G 取締役)、当時大阪のアニメアールとムーにいた沖浦(沖浦啓之、『人狼 JIN-ROH』監督等)や黄瀬(黄瀬和哉、『攻殻機動隊 ARISE』総監督等、Production I.G 取締役)、西久保さん(西久保瑞穂、『みゆき』チーフディレクター等)、押井さんにもアルバイトで入ってもらいました。

また、仕上げでお世話になっていた京都アニメーションさんにも参加のご意向をいただきました。

作業中の後藤隆幸氏
――錚々たるメンバーです。このスタッフィングについて思い出深いエピソードなどありますか?

石川:沖浦に声をかけた時のことです。彼は当時『ブラックマジック M-66』の作画監督をしていてとても多忙だったのですが、「たかしさんが『沖浦さんにやってもらいたい』と言っている」と伝えたうえで、たかしさんの原画とタイムシートを送ることを約束したんですね。
これが決め手になって仲間に引き込むことができました。

――アニメーターにとって優秀なアニメーターと一緒に仕事ができることがどれだけ価値があるかを理解していたからこそのネゴシエーションですね。京都アニメーションさんとはどういった接点があったのでしょう?

石川:京都アニメーションさんは制作の頃に仕上げをお願いして、スケジュールや予算管理のクオリティが本当にすごくて尊敬していたんです。個性派クリエイターを集めて現場がとっちらかったとしても京都アニメーションさんが協力してくれるならどうにかまとまると思い、直接お願いしに京都まで行きました。

独立の際に「石川が社長になればいいんじゃないの?」と言ってくださったのも八田さん(京都アニメーション代表取締役社長)ですし、会社設立のサポートや出資もしていただきました。本当に恩ばかりで今でも感謝しきれません。

――まだ作品の担当にもなっていないのにそれだけの賛同を得られたんですか。ちなみにその時おいくつでしたか?

石川:27です。

――すごい青年ですね……それで『赤い光弾ジリオン』の制作プロデューサーの座を手に入れられたんですね。

石川:営業の方も「石川たちにやらせてみた方が面白いんじゃないか」と後押ししてくれたのですが、最後は会社に号泣しながら直談判して、I.Gタツノコとして会社から独立する形で作品を任せてもらいました。
人前で泣いたのなんて初めてでしたよ(苦笑)。お金も必要でしたから、親や兄に自分が相続できる分からいくらくらいまで前借りできるかを確認したりもしましたね。

――そこまでして出ていったのに、社名には「タツノコ」を入れたんですね。その理由は?

石川:「I.G」の方は後藤の案で、僕と後藤の頭文字からとったんです。タツノコと入れるのは僕の希望でした。
その方が仕事がを取りやすそうだったから……などの理由もありますが、やはりお世話になったのも間違いないので。人間、相反する二つの心を持っているものなんですね。
→次のページ:アニメーターはアニメの主役

■「アニメーターはアニメの主役」
――独立後、しばらくはTVアニメの制作下請けを中心にされています。その時期で思い出深い作品などはありますか?

石川:『銀河英雄伝説』本伝・第一期の3、9、12、13、14、18話、初期OVA版『機動警察パトレイバー』の1、3、5話、『エスパー魔美』の3作のグロス受けですね。
銀英伝』自体はキティ・フィルムの作品ですが、特にお世話になったのはマッドハウスの丸山正雄(現MAPPA代表取締役会長)です。
丸山さんからはプリプロ、企画や設定に妥協しないという考え方を教わりました。

シンエイ動画さんには『エスパー魔美』や『チンプイ』で多くの若手スタッフの面倒を見てもらいました。個人的にも『エスパー魔美』は大好きな作品で、特に貞光紳也さん(『クレヨンしんちゃん』演出等)の担当した第46話「雪の降る街を」なんてとてもよかったですね。
この時期はI.Gを「最高の下請け」にすることを目標にしていました。

――それはどういったコンセプトですか?

石川:クオリティとスケジュールと予算をバチッと守って、制作発注側の誰もが「I.Gにお願いしたい!」と言ってくれるような、何10年後でも語り継がれるような最高のスタジオです。

――アニメーター職人集団ってイメージですね。

石川:はい。でも『パトレイバー』のOVA、劇場版第1作と続けて手がけているうちに次第に気付いていったんですが、スタッフロールで「制作協力」と書いている会社が実際には作っていて、でも名前が出るのは元請け会社の方なんですよね。
それでまた「ふざけんな!」ですよ(笑)。

ここでもまた二つの心が出てくるんですが、純粋な心で「最高の下請けをやりたい!」と思いつつ、一方では「こんな低予算で食っていけるか!」とも考え始めていました。

そういったこともあって『ぼくの地球を守って』などの作品で元請けを始め、『機動警察パトレイバー2 the Movie』ではイングという別会社を立てて出資もすることにしました。

機動警察パトレイバー2 the Movie』(C)HEADGEAR
――下請けだった『パトレイバー1』から『パトレイバー2』でいきなり製作側になって、出資までされたんですね。

石川:元々アニメ畑にどっぷりなタイプでもなかったからそこまでできたのかもしれませんね。
人にしても作品にしても、投資すべき時は全力でするのが僕の本能なんです。普段はケチでもいいですが、ここだという時までせこいのはダメですね。

――I.Gさんの人的投資といえば、やはり押井守監督でしょうか。

石川:劇場版『パトレイバー』1作目の押井さんのコンテを見た時は「こんなに面白いコンテを切れるとは……!」と身震いしましたが、それでもアニメはマンガ的なものの延長であると内心思っていました。
ところが2作目のコンテを見た時には「これは実写映画だ、むしろそれを超えている!」とさえ思いました。であれば、どれだけ周りに止められても投資すべきだろうと

――それが『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』につながるんですね。石川さんから押井監督にオファーされたのですか?

『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(C)1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT
石川:いいえ、講談社さんから何度もアニメ化の話をいただいていたのですが、実はお断りしていたんです。
その後、押井さんからも「このマンガ読んでみて」「この作品は難しすぎるので映画化するならこうしないと」と熱心な提案があり、また、バンダイビジュアルの渡辺繁(『王立宇宙軍 オネアミスの翼』企画等)さんの後押しもあって制作に至りました。

押井監督は作りたくなったら自分から企画を持ってくるので、こちらから気を遣ってオファーすることはありません。
ただ、押井さんがいざ何かを「作りたい!」と思った時に、会社としてそれを実現できる環境の準備、特に押井さんの考える画作りが可能な人材にいつでも声をかけられるように体制を整えていた自負はあります。

結果的に素晴らしい作品になったと思います。押井さんのコンテも変に力まずバランスが良かったですし、西久保さんの演出の力や原画をやった黄瀬の尽力もありました。
作品が国内外多くの方に受け入れられ押井さんが巨匠になれたのも、いかに人に任せるかを分かっていたからだと思います。

押井守監督作『スカイ・クロラ』より劇中に登場する戦闘機「香」。スタジオ内の天井に吊るされており、存在感を放っている。

――名作や名監督もそれを支えるアニメーターがいてこそで、I.Gさんは創業時から常にそれを大事にされているんですね。

石川:単に僕が彼ら彼女らの仕事をカッコいい、美しいと思っているからそう接しているだけかもしれません。
良いアニメーターがいないと良いアニメは作れません。アニメーターはアニメの主役であり役者です。僕は映画やドラマの役者や俳優よりも、アニメーターの方がカッコいいと思っています。

■変化し続ける会社組織と、変わらない「I.G」らしさ
――『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『イノセンス』など押井監督作品のヒットに続いて、2000年代に入ってからは『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『BLOOD+』『精霊の守り人』など、TVシリーズの元請けでの制作が増えてきます。そこにはどういった転機があったのでしょうか?

石川:『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の後、TVアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を中心にゲームや映画など広く展開しました。
『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』は原作からアニメ化する権利をアイジーが講談社と直接契約をしているのです。これによって製作委員会の組成時に、I.Gが参加した各社に利用許諾出すことができるなど、主導権を取れるようにしました。

『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(C)士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊製作委員会
――下請け会社から、利用許諾を出す側にまでなったのですね。

石川:許諾を受けて作る側から、権利を持って許諾を出す側に回る必要があると考えたんです。Production I.Gは時代にあわせて仕組みを変えてきたんですが、これは大きな勝負でした。
結果的にこの判断が功を奏し、かなり大きなお金がI.Gに入って、TVシリーズやゲーム制作など活動の幅を広げる契機になりました。

少し余談になりますが、僕が一番尊敬しているプロデューサーは丸山さんなんです。丸山さんは前述の通り企画や設定の作り込みが本当にすごくて、僕はそこでは100年経ってもかないません。
丸山さんの後継者と言えるのはボンズの南雅彦(ボンズ代表取締役)だと思います。僕は南にはなれません。

その分僕は、製作委員会の座組や会社組織など、仕組みをどう変えていくかで勝負してきました。それがリスペクトする丸山さんへの僕なりの答え方だと思っています。

――仕組みの変化という点では、持株会社I.Gポートの設立、出版社のマッグガーデンとの経営統合や電子コンテンツ配信会社のリンガ・フランカの設立、Netflixとの包括的業務提携など、業態も変化と拡大をし続けていますね。

石川:上場して持株会社としてのI.Gポートを設立したのも、アニメ会社はこれだけカッコいいことをやっているのに「アニメ会社は貧しい」「大変だ」と言われる。そんなイメージを変えたかったんです。
様々な会社を設立するのも、「何か面白いことができるんじゃないか?」と常々新しい取り組みをしているからです。

『攻殻機動隊 SAC_2045』(C)士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会

今も含めて、30年間常に危機的状況だと思っていて、5年ごとに会社を解体して新たに作り直す気持ちで必死に取り組んでいます。今だとそのサイクルは3年かもしれませんね。
そうやって僕が仕組み作りに注力する分、今は現場の作品作りは自分のやりたいことより若いスタッフやプロデューサーの意向を優先しています。
2000年代以降、TVシリーズや少年ジャンプの原作ものをやらせていただく事が増えたのもその結果ですね。

「週刊少年ジャンプ」原作の『ハイキュー!!』は、TVシリーズ第3期まで続くヒット作となった

――確かにTVアニメ進出後のI.G作品ラインナップは、それ以前と少し雰囲気が異なっているように思います。一方で、どの作品にも一貫して「I.Gらしさ」のようなものを感じるのは何故でしょう? 常にハイクオリティだという点以外に……。

石川:それはアニメーターを重視しているからではないでしょうか。良いアニメを作るためには良い監督が必要ですが、彼を活かすためにはアニメーターが輝いてないといけません。
アニメーターが輝ける舞台を作ることは、会社としてずっと変わっていないですし、そのための投資は惜しんでこなかったです。

――確かに、アニメーターに対する思いはI.Gタツノコ時代から不変ですね。

石川:クオリティについては、会社として劇場用作品の制作をベースにしてきたため、TVシリーズの際でもアニメーターも制作スタッフもそれを継承しているからだと思います。
ただこれも一長一短で、長期シリーズを作ろうとすると息切れしてしまうため、I.GのTVアニメは1、2クールのものが多いですね。
4クール以上の作品を作れる東映アニメーションさんなどは別の面でのクオリティをお持ちだと考えています。
→次のページ:アニメ制作の効率化は不可避な問題

■アニメ制作の効率化は不可避な問題
――仕組みづくりという点で今一番関心のある分野は何ですか?

石川:これはI.Gに限ったことではありませんが、アニメの作り方を根本的に効率化しないといけない危機感を持っています。
たとえば制作にかかる人件費は今や監督のそれよりも高いとも言われているのですが、その時間の半分は待ち時間なんです。非能率的ですよね。

――原画の上がりを待ったりなどの時間ですね。改めて考えると確かにどうにかして有効に使いたい時間ですね。

石川:こういった無駄によって発生する赤字を、徹夜で張り込むとか人を増やすなどといったさらに非効率的な方法でしのぐのではなく、AIの導入やパイプライン(作業工程)の整備などアニメ制作のシステムそのものを再設計することで解決できれば、その分の時間やマンパワーを最終的にクオリティや収益につなげられるわけです。

そういう点で、無駄な残業をさせずにリフレッシュさせることでクオリティを上げる神風動画さんの取り組みは素晴らしいと思います。作品やスタッフに対する愛情を感じますよね。尊敬します。

――まさに神風動画さんも海外とのお仕事をされていますが、業務の効率化は海外展開をするうえでも必須なのでしょうか?

石川:そう思います。韓国や台湾などのスタジオは日本でなら2、3ヶ月はかけるであろうキャラクターデザインや背景美術を1週間で上げてきます。
そんな海外のスタジオとある時は競合、ある時は連携して作品作りをしていくことを考えると、制作の効率化なくしては食っていけなくなると思います。

さらにみなさん語学が堪能ですから、このままでいては5年後誰も仕事をくれなくなりますよ。「Netflixと組めばいい」なんて安易に言っている状況ではありません。

――危機的状況である、とお考えなのですね。

石川:幸いなことに今I.Gは、多くの作品を任せてもらっていますし、いろんな形で収益も上がっています。
でも同じことを続けていていいのかというと、僕はそれでは先が見えないと思っています。危機的状況だというのはそういうことです。

ただ、逆に今が一番辛い状況だからこそ、ここで真剣に前向きに取り組んでいけば必ず逆転の勝機が見える。忍耐という言葉はあまり好きではありませんが、今は勝負するべき時に備えて地道に仕込みをすべき時かな、と。

作品に関しても同じで、ここ2、3年で発表する作品は、そういった産みの苦しみを超えて出てくるものになりますから、お客さんの感動を呼び起こせるものになるという自負もあります。
だから今が一番苦しい一方で、今が一番楽しく、やりがいがある時だとも感じています。

――新しい作品、楽しみです!

■隙間を埋める「つっかえ棒」になりたい。
――最後に石川さん個人としての展望についてお聞かせください。

石川:さっきから危機的状況だとか産みの苦しみとか言っていますが、個人の視点で考えた時、こんなに好き勝手やらせてもらった恵まれているやつはいません。好き放題やったまま業界を去るのは無責任というか、人としてどうかと思いますよね。

若い頃、人のことを「老害だ!」とか思っていた自分がその立場になった今、やはり若い人に何か与することができればと思っています。

――石川さんはアニメーター等育成事業「あにめたまご」のリーダーや、I.Gアーカイブ室による資料保存の支援もされています。それもそういった次世代への思いで取り組まれているのでしょうか。

石川:それはひとえに、弊社のアーカイブ担当・山川道子のようにアニメの資料を大事にして未来に残したいと思う人が現れたから、動画協会の中にアニメーター育成に真摯に向き合う人がいたから、です。
そんな人たちにとって僕の存在や名前が使えるものなのであれば“つっかえ棒”にしてほしい、ということです。

――つっかえ棒、ですか。それは「その人を支援したい、貢献したい」というようなニュアンスでしょうか?

石川:いやいや、支援や貢献なんておこがましいものではありません。情熱を持って何かに取り組んでいる人が「何かが足りない」という時に、そこを埋められるピース。それがつっかえ棒です。
僕の感覚では本当につっかえ棒というくらいの表現がちょうどよくて、僕はそれになりたいんです。

――それは俺が俺がという「老害」とは真逆の存在ですね。

石川:そうですね。今の自分の立場なりのことができればいいな、と思っています。

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