【東京・日比谷発】「僕みたいなお調子者はいつかきっとだまされますよ」と言う荒井さん。かつて「貯蓄から投資へ」というスローガンが叫ばれ、その流れは今も続いているが、荒井さんはこれを国による無責任な施策であると批判する。
誰もが老い、判断力の衰えにあらがうことができなくなる状況を想定していないと。悲惨な投資被害の実態を目の当たりにしている荒井さんだからこそ、その言葉には重みがある。
(本紙主幹・奥田芳恵)

●不正義につながる仕事をするために 弁護士になったのではない
奥田 独学で司法試験に挑戦されて、その結果はいかがでしたか。
荒井 3回目で合格しました。最初は勉強を始めて1年も経っていない時期でしたから、択一試験は通ったもののまったく歯が立ちませんでしたね。2回目も厳しい感じでしたが、3回目はいけるだろうという実感がありました。
奥田 勉強を始めて1年で択一試験に受かるだけでも大変なことだと聞いたことがありますが、荒井さんは在学中に合格されているんですよね。これもなかなかできないことでは……。
荒井 大学8年生のときのことですが、在学中に合格できてよかったと思いました。弟はもう就職していたため、それによる変な焦燥感を覚えることもありませんでしたし。
奥田 そして、無事司法修習を終えて弁護士になられるわけですが、その後、どのような道筋を歩まれたのですか。
荒井 勤務弁護士としてある事務所に所属した後、あおい法律事務所を立ち上げました。

奥田 それはいつ頃ですか。
荒井 弁護士になって1年4カ月くらいですね。
奥田 それはずいぶん早くありませんか。
荒井 ええ、早いうちに独立したかったんです。
奥田 事務所の経営はどうでしたか。
荒井 当初からなんとかなると思っていましたし、そこのところは順調でした。
奥田 現在、詐欺商法による被害者救済などに力を入れていらっしゃいます。そうした分野の事件に携わるようになったきっかけはどんなことだったのでしょうか。
荒井 勤務弁護士として働いていたときは、さまざまな分野の仕事をやりました。刑事事件、離婚訴訟、交通事故、会社法務など、なんでもやっていたんです。
 そうした中、ある離婚訴訟の弁護を引き受けました。3歳の子どもを抱えている妻と浮気をしているその夫という関係で、私は夫側の代理人を務めました。

奥田 悪いほうの味方をしなければならないわけですね。
荒井 その依頼人は「子どもが3歳にもなれば、どこかに預けて働けますよね」などと言うのです。内心、嫌なやつだなと思う一方、私が力いっぱいやることが不正義につながると感じ、こういう仕事をするために弁護士になったわけではないと思いました。
奥田 どんな悪い人でも弁護しなければならないとはいえ、心情的には納得できないのでしょうね。
荒井 そんな頃、先物取引被害の事件に取り組むことになりました。先物取引の仕組みは複雑で取引も錯綜しているため、なかなか難しいのです。例えば「浮き玉」という、先物取引の外務員が学校の後輩などと称して顧客に近づき、「先輩のためを思って」などと言って勝手に取引を進めて巻き込んでしまうやり口があるのですが、こんなひどい世界はないと思いました。
奥田 ということは、力いっぱい取り組めるテーマに出会われたのですね。でも、そこで戦うための準備も必要ですね。
荒井 当初、先物取引の判例集を20冊くらい読み込み、このテーマの専門書も入手できるものは全て読みました。
奥田 すごいパワーと瞬発力ですね。
●被害者に分からない悪事の痕跡を丹念に追跡する
荒井 こうした事件における悪事の痕跡は、被害者には分からないところに潜んでいるのですが、取引内容を丹念に追跡して、それを発見していく過程には独特の面白さがありました。

 そして、そんな悪事を働く人々に法律の専門家である弁護士が負けるはずがないという自負もありました。こうして、全力を注いでも正義に反することのないテーマと出会うことができたのです。
奥田 最近はネットの発達などによって新たなタイプの事件も増えてきているように思うのですが、他の弁護士さんと情報交換することはあるのですか。
荒井 先物取引被害全国研究会という500人ほどの弁護士がそうした事件について検討したり、議論したりする組織があり、そこに入れてもらい、2025年6月からは代表幹事を務めさせていただいています。
 前に「他人から習うのは嫌い」と言いましたが、この研究会ではみんなが「どう悪事を暴いていくか」とか「どう主張・立証を組み立てようか」とか、いい大人がみんなキラキラした目で話しているんです。こういう人たちと仕事をしたいと思いました。
奥田 同志とともに悪事に立ち向かう感じが頼もしいです。
荒井 この研究会の先輩方はみんなやさしく、よく可愛がってもらいました。私にとっては、弁護士としての家庭や故郷のような場なのです。
奥田 改めて、悪と対峙する弁護士の役割についてお話しいただけますか。
荒井 世の中を良くするためには、法律が機能していない状況を変えていく必要があります。新たなタイプの事件が増えているというご指摘がありましたが、その都度、個別の法律をつくっても追いつかないのが現実です。
つまり、立法ではなく法解釈や運用によって問題の解決に導くというのが、弁護士のあるべき立場だと考えています。
奥田 まだまだ働き盛りだと思いますが、今後、どのような弁護士像を追求されていかれますか。
荒井 そろそろ弁護士も終わりたいですよ(笑)。お話ししたように、若い頃に弁護士を志して、懸命に勉強してやってきたし、世の中に役立つ実績もつくってきました。だから、その頃の自分に恥じないように、裏切ることのないようにありたいと思っています。
奥田 荒井さんのお話をうかがってきて、弁護士というお仕事に出会うまで少なからぬ曲折があったように感じましたが、そうしたことを踏まえ、若い人たちにどんなことを伝えたいですか。
荒井 私の場合、20歳くらいまでは将来の職業について一切考えていなかったのでアドバイスしづらいのですが、世の中を知らないその時期にやりたいことが分からないというのは、むしろ普通ではないかと思います。もちろん若いうちに志を立てられる人は立派ですが、そうしたタイミングやきっかけは、いつやってくるか分からないと考えておいたほうがいいでしょう。
 ただ、人生において最も長い時間を占める仕事は、自己実現とまではいかなくても、自分らしさを表わす大きな要素ですから、そういう観点から選ぶべきだと思いますね。
奥田 本日は、興味深く、そして熱いお話をありがとうございました。
●こぼれ話
 「今の自分の頑張りに納得できるか」と思うことがよくある。そのとき、度々私の頭の中に浮かんでくるのが荒井哲朗さん。
荒井先生の仕事に対する情熱や徹底的にやる姿勢を、かつて、編集者の立場で見てきた。
 仕事が猛烈に早くて、全力で、先生と関わっていると実に爽快なのである。「あれだけやっている人がいる」と思うと、勇気と活力が湧いてきて前を向かせてくれる、そんな存在である。詐欺商法による被害者救済などの分野において、「やってやりすぎることがない」とおっしゃる。この言葉は荒井先生のキャラクターをとてもよく表していると思う。本当に、徹底的なので。
 荒井先生は、自らをお調子者と表現されるが、一般的に「調子に乗る」といったネガティブな意味合いは、感じたことがない。著者と編集者という間柄だったから当たり前か。事務所内での振る舞いなどを見ても、ムードメーカーでちょっとお茶目、そんなポジティブな意味合いの方と強く感じていた。対談中も、真剣な眼差しと茶目っ気が入り混じる。
 弁護士の仕事は、全人格をかけてする職人仕事であると考える荒井先生。しかし、とことんやっても望むような結果が得られず、一時的に落ち込むこともあるのだそう。
それでも強がって意地を張ってやってきたと話す。ストレスこそが活力だとさえ言い切るので、大丈夫かなと少し心配にもなる。きりっとした表情の中に笑みを浮かべ、こちらの心配をさらっと受け流す。
 事件の加害者の中には、本当に恐ろしい目をしている人もいるという。そんな加害者と戦う日々、荒井先生にはどれだけ重圧がかかっているのか計り知れない。しかし、相談者は荒井先生に出会って、絶望の中に希望の光を感じる。そして、差した光は次第に鮮明さを増し、明日の活力を得ているに違いない。
 これからも、荒井先生が傾ける情熱に呼応するように増えた仲間とともに、表現したくてもしきれない被害者の思いを代弁し続けてほしい。応援しつつも、お身体を壊されませんようにと願う。(奥田芳恵)
心に響く人生の匠たち
 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
<1000分の第376回(下)>
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
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