ピザーラ大炎上、バイトテロの処方箋は?「チップ制度を導入すれ...の画像はこちら >>



調理室で寝そべり、ピザ生地を地面にぶちまける…ピザーラのバイトテロ動画がSNSで拡散し、大炎上中だ。これまでも飲食業を中心にテロは繰り返されてきたが、なにか処方箋はないのか。

たしかに客の目に触れない厨房で、誰にも見られず、誰にも褒められない仕事を最低時給で続ければ、仕事への誇りはすり減る一方だろう。仮にチップ制度のように、店全体への顧客評価が直接従業員の懐に跳ね返ってくる仕組みがあればどうだろう。宅配ピザのヤンチャな若者たちも背筋を伸ばす、かもしれない。日本マクドナルド創業者・藤田田の言葉を新装版『凡人が億を築く法』(ベストセラーズ)より抜粋編集して紹介する。





■チップ制度を導入すればサービスは良くなる



 「金にモノを言わせる」という言葉がある。英語でいえば「マネー・トークス」という言葉である。



 しかし、この「金にモノを言わせる」=「マネー・トークス」という言葉は、チップ制度のない日本では、あまりピンとこない。チップ制度のある国では、この「マネー・トークス」という言葉が生きてくる。



 たとえば、アメリカのラスベガスのいいホテルに予約なしでいって、フロントで「部屋があるか」というと、返ってくるのは「ございません」という言葉である。ところが、そういわれて、5ドル札をカウンターに乗せ、もう一度、「部屋はあるか」というと、「一番いい部屋がございます」という返事が返ってくる。1分前に「ない」といったフロント係が、5ドルで豹変する。



 これこそ、まさに「マネー・トークス」である。

アメリカでは、チップをもらうことは、犯罪でもなければカッコ悪いことでもないし、いやしいことでもない。日本では、他人から金をもらうことに、乞食になったような気がしてものすごく抵抗がある。



 日本にやってきたアメリカ人と一緒にタクシーに乗って、メーター分だけ料金を払うと、不思議そうな顔をして、なぜ、チップを払わないのか、という。レストランにいって食事をしても、テーブルなどで働く人は月給がないか、あってもきわめて安い。いいサービスをして、チップをもらおうとする。日本でもチップ制度にすれば、もっとサービスはよくなるはずである。



 昔の人は――たとえば、私の父親の時代には、床屋にいっても〝こころづけ〟としてチップをおいたものである。風呂屋にいってチップをおいた時代もあった。ところが、そういう風習がなくなってから、いいサービスをしてチップをもらおう、という考えがなくなってしまった。逆に、チップをもらうほうが、さげすまれた印象さえもつようになってきた。



 日本にチップ制度を導入すれば、サービスはもっとよくなるはずである。



 アメリカ人は、レストランで食事をしたからといってむやみに勘定の1割をチップとしておくわけではない。

ウェイターの態度が悪かったり、すぐに注文を取りにこなかったり、料理の運び方が悪かったりすると、その分を差し引いてチップをおく。いいサービスに対する評価が厳格である。アメリカという国は、金がすべて、マネー・オンリーのところがある。その意味では、資本主義の最たる国である。ところが、そのわりには、あまりギスギスしていない。それは、チップ制度があるからである。



 チップ制度はアメリカの潤滑油のようなものなのだ。金の重みを知るために、日本でもチップ制度を考えてみるべきである。





■「1円」の重みを本当にわかっているのか



 今日の日本でもっとも悪いもののひとつに、貨幣の単位がある。日本の貨幣の単位は「1円」だが、この「1円」の価値が国民に無視されている。だれも1円を尊敬しようとしない。



 1円落ちていても、だれも拾おうとしないだろう。

10円でも拾わない。ところが、アメリカでは、1セントでも争って拾う。最小単位のお金を拾うのである。それほど、いまの1円は値打ちがない。これは、はっきりいって政治が悪い。デノミネーションをやって「1円」という最小単位に価値をもたせようとしない政治が悪いのだ。



 金の重みは、最小単位の金に値打ちがあるように、しなければならないのである。



 私の子どものころには、「一銭を笑うものは一銭に泣く」という言葉があった。最小単位の一銭に、それほどの価値があったのである。



 私は、だから、デノミネーションをはやくやるべきだ、と思っている。1000円を1円にするデノミネーションがいい。そうすれば、最小単位の金の重みがわかるようになる。

ところが、1円という最小単位に値打ちがないから、金銭感覚が国民に金のありがた味を知らせることもはむずかしい。



 いまのように水増ししたようなお金の単位では、金のありがた味がわかっていないということにはなる。金の便利さもわかっていないということである。



 金というものは、非常に便利なものである。自分にできないことを、金はやってくれる。それがいやなら自分でやればいいのだが、金がやってくれることもたくさんある。ときには命をすくってくれることもある。そういった金の値打ちも、最小単位が国民にバカにされるようでは、理解せよ、というのが無理な注文である。





文:藤田田





《『凡人が億を築く法』より構成》

編集部おすすめ