生成AI活用やDX推進など、ビジネス環境の変化に合わせて新たなスキルを習得する「リスキリング」。日本の政財界で注目度が高まっており、令和4年からは厚生労働省が「事業展開等リスキリング支援コース」をスタート。
訓練経費に最大75%の助成を受けることができる制度として知られている。
キャリアの袋小路に入った人にとっては大きなチャンスだが、時には落とし穴も。知識や技術を積んだのに、状況が好転しないケースもあるようだ。彼らの学び直しは、何がいけなかったのか?

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本業と並行した学び直しで時間が圧迫され…

屋外広告業の会社で課長職の杉本隆さん(仮名・38歳)。発端は約1年前の新設部署への異動だった。

「人事労務兼社内SEとして勤務していましたが、IPO(新規公開株式)準備の新部署へ異動となり、上司サポートのためリスキリングを始めました」

杉本さんは関連する無料セミナーの参加のほか、一冊5千円もの参考書を買い、監査法人対応などのため会計と財務を再学習。約3か月間、IPOのルールや運用・管理などについての学び直しを重ねる。通勤中などスキマ時間も活用し、平日約3時間、休日約5時間、合計で300時間以上を費やした。

ところが、既存の仕事と同時進行では、いささか無理があったようだ。特に残業明けは眠気に勝てず勉強が滞り、そのぶん土日の勉強量が増える悪循環に突入。疲れた体に鞭打つ杉本さんの心身は徐々に圧迫されていく。

「大型プロジェクトも進むなか、十分な学習時間を取れず、準備が中途半端になってしまいました。社内規程など整備も遅れ、新部署の中心メンバーとして責任を果たしきれず……」

その後、優秀な外部人材が雇われた代わりに、関連業務の大半から切り離された杉本さん。
リスキリングの成果をほとんど活かせず、ひどい徒労感を味わったという。

「『最初から外部に頼る前提だったら』と痛感しています。学び直した社内人材のみで回せるなら確かに安上がりですが、実際には本業を圧迫しますし、必ずしも低コストではありません。特に監査対応や内部統制のような経験が必要な分野は、最初から詳しい人に任せたほうが早くて確実です」

社内でやるべきことと、外部に任せるべきことは早期に切り分けるべきと、杉本さんはため息をつく。

社会の変化で学んだ内容が「需要ゼロ」に

「1300時間勉強して需要ゼロ」リスキリングに失敗した50代の悲鳴。ブームに乗り資格取得も“無駄”に
栗岡さん(仮名・57歳)
フリーランスにとっても、リスキリングは無縁ではない。英語翻訳・通訳・講師の仕事をフリーで行う栗岡雅彦さん(仮名・57歳)は、本業収入の不安から新ジャンルの学び直しを始めた。

「今から約十年前には『小学校でプログラミング教育必修化』というニュースもあり、子供の習い事でプログラミング、特にスクラッチ(無料で簡単に利用できるプログラミング言語)の人気が急上昇中でした」

栗岡さんは小学生向けのスクラッチを学び、関連資格のほか、中高生向けにPython(より高度なプログラミング言語)も習得した。学び直し期間は1年弱で合計1300時間以上、費やした金額は約10万円に及ぶ。

「1300時間勉強して需要ゼロ」リスキリングに失敗した50代の悲鳴。ブームに乗り資格取得も“無駄”に
栗岡さんが買い漁った参考書の一部
努力の甲斐あり、プログラミング講師として副収入を得るようになった栗岡さん。しかし、好況は長くは続かなかった。

「スクラッチがただのゲーム機のように扱われたことや、著作権上の問題で、学校内でスクラッチが禁止になったんです。講師業も3年前から生徒数が減り、現在はゼロ。他のプログラミング学校の講師にも応募しましたが、大学でプログラミングを学んでいないため不採用に……」

栗岡さんは現状を「ブームに乗ったのが甘かった」「スクラッチの卒業後、より高度な言語も学んでもらえるシステム作りが必要だった」と反省している。
それでもリスキリング自体への意欲は失っていない。

「今後リスキリングする時は、そのスキルで確実に仕事を得られるか、それを持続可能かを考えて取り組みたいです」

目標が明確でないと徒労に終わる

リスキリングが実を結ばない原因は何か。一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブの代表理事・後藤宗明氏はこう紐解く。

「最大の要因は、学ぶこと自体が目的化してしまうことです。会社の場合、事業戦略や必要な仕事と結びつけずに研修を用意し、個人も『受けただけ』で終わると、現場で使われません。学びを仕事に生かす機会、配置、評価、上司支援まで設計しないと、活躍や待遇改善、事業成長にはつながりにくいです」

杉本さんの例からも垣間見えるが、リスキリングを行う当人と会社との間で適切な相談をせず、ただ「学ばせるだけ」では上手くいかない。必要なのは、どのような心がけだろうか。

「学びを『受講履歴』で終わらせず、『何ができるようになったか』で見ることです。個人は学んだ内容を実務で試し、成果として示しましょう。会社は学んだ人を適切に配置・評価し、処遇にも反映する必要があります。学習と仕事と人事制度をつなぐことが重要です」

このアドバイスを栗岡さんのようなフリーランスが落とし込むとしたら、「学び直しでどんな新しい仕事を獲得したいか」「それが周りの人々や社会とどうつながるか」を自分に対して明確化することと言えそうだ。

また、近年普及が著しい生成AIの影響は無視できない。
せっかく人間がリスキリングした知識も、生成AIがすぐ陳腐化させるなら、「わざわざ学び直しても無意味」となってしまわないだろうか?

「特定のツール利用のみをゴールにしたデジタルスキル習得は、FAXのスキルが今後不要になっていくことと同様、時代変化とともに陳腐化します。最近でも実際、初歩レベルのプロンプトエンジアリングがAIに代替されています。大切なのは、環境変化とともに新しい分野を『リスキリングし続ける』ことです」

学びさえすれば何でも上手くいくとは限らないが、学び自体は間違いなく自信と活力の源。生涯学習・生涯現役の時代は、個人も会社も「正しい」リスキリングへ理解が必要だ。

「1300時間勉強して需要ゼロ」リスキリングに失敗した50代の悲鳴。ブームに乗り資格取得も“無駄”に
後藤宗明氏
【後藤宗明】
みずほ銀⾏入⾏後、米国フィンテック企業、アクセンチュアにて人事領域のDX、AIスタートアップにてAI研修の企画運営を担当。2021年より現職、政府、自治体向け政策提言、企業向けのリスキリング導入支援を行う。2022年、スキルベース組織への変革を支援するSkyHive日本代表に就任。国自治体のリスキリング推進に向けた協議会委員等を歴任。2025年9月に新著『リスキリング【人材戦略編】』を上梓。

<取材・文/デヤブロウ>

【デヤブロウ】
東京都在住。2024年にフリーランスとして独立し、ライター業およびイラスト業で活動中。ライターとしては「Yahoo!ニュース」「macaroni」「All Aboutニュース」などの媒体で、東京都内の飲食店・美術館・博物館・イベント・ほか見所の紹介記事を執筆。
プライベートでも都内歩きが趣味で、とりわけ週2~3回の銭湯&サウナ通いが心のオアシス。好きなエリアは浅草~上野近辺、池袋周辺、中野~高円寺辺りなど。X(旧Twitter):@Dejavu_Raw
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