今年の新規上場(IPO)は70~80社程度になる見通しであり、昨年の54社を上回るのは確実視されている。

 今年のIPOの大物は、西武鉄道やプリンスホテルを傘下にもつ西武ホールディングス(HD、後藤高志社長)だ。

西武HDが東京証券取引所に株式を再上場する手続きを進めることで筆頭株主の米投資ファンド・サーベラスと合意し、1月15日午後に東証に株式上場を申請した。早ければ4月の再上場を目指す。

 13年に上場したサントリー食品インターナショナルに並ぶ大型IPO案件になり、上場すれば株式時価総額は5,000億円を超え、同約1兆円といわれるリクルートホールディングスに次ぐ大型上場になる。

 西武HDとサーベラスは当初、12年12月の東証1部上場を目指していたが、再上場に向けた準備の最終段階で両者の思惑の違いが表面化する。売り出し価格がサーベラスが想定していたよりも低く見積もられたのが原因だ。証券会社が算出した想定IPO価格は1株当たり1,000~1,500円。より大きなリターンを得たいサーベラスの想定株価は同2000~2500円と、隔たりが大きかった。

 サーベラスが西武HDに1000億円を出資した際の1株当たりの価格は900円程度。出資金は銀行からの借り入れで調達しており、金利分を考慮すると1,000~1,500円の売り出し価格では低すぎるというわけだ。

 サーベラスは回収する金額の極大化を図るために12年10月、西武HDの企業価値を向上させる具体案を提示した。西武鉄道の山口、秩父、多摩川、国分寺など5路線の廃止やプロ野球球団・埼玉西武ライオンズの売却などが骨子だった。西武HDはこれらの提案を拒否した。

 そこでサーベラスは経営権の奪取に動く。昨年3月12日から5月31日まで1株1,400円の買い取り価格で株式公開買い付け(TOB)を実施、議決権の44.67%の取得を目指した。だが、TOBの結果、議決権ベースでの保有比率は35.48%。サーベラスが新たに取得した株式はわずか3%にとどまった。

 6月25日開催の株主総会では、サーベラス側が提案した五味廣文・元金融庁長官ら8人の取締役候補の人事案は否決された。サーベラス案に賛成した株主の比率は39.76~39.78%にとどまった。西武鉄道の不採算路線廃止や埼玉西武ライオンズ売却などが取り沙汰されたため、カギを握るとされた1万3,000人の個人株主の理解を得ることができなかったのが、サーベラスの敗因である。

●サーベラスの誤算

 サーベラスの最大の誤算は、株式市場の潮流の変化を読み違えたことだ。

「12年12月の安倍晋三政権の誕生で、金融緩和の思惑から株価と地価は急上昇し始めたが、そのタイミングで上場していれば高値での株式売り出しができた。13年に入ってからはアベノミクスの追い風でさらに株価上昇が見込まれたため、土地持ち銘柄の代表である西武HDの株価は2,000円を優に超えていただろう。サーベラスは投下資本を回収する絶好のチャンスを逃してしまった」(外資系証券会社のアナリスト)

 14年4月には消費増税が実施され、株価が下落するとの指摘もある。サーベラスは株式市場が活況な今のうちに売り抜けたいと考えたのだろう。

 昨年、西武HDの経営陣の神経を逆なでするような情報が流布した。「鉄道やホテル事業で相乗効果が見込めるJR東日本や東武鉄道が、西武HD株式に興味を持っている」というものだった。

 サーベラスが保有株を売却すれば、西武がJR東日本か東武鉄道の傘下に組み込まれることもありうるわけだ。西武HDとしては、頭ごしに大株主が異動することだけは絶対に避けなければならない。高値で売りたいサーベラスと、第三者に株を売却してほしくない西武HDにお互い歩み寄りの気運が出てきて、再上場の手続きに向け歩調を合わせ始めたとの観測も強い。

●西武グループに施された荒治療

 東証1部に上場していた西武鉄道は、有価証券報告書の虚偽記載問題で04年12月に上場廃止になった。西武鉄道のオーナー、堤義明氏も証券取引法違反で05年3月に逮捕され、経済界の表舞台から消えた。

 同社のメインバンク、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)は副頭取の後藤高志氏を同社へ送り込み、創業家一族の持ち株比率を大幅に減らすため、次のような荒療治に乗り出した。

(1)西武鉄道の持ち株会社で、堤義明氏など堤家が経営権を握るコクドは、新設したNWコーポーレーションと株式交換を実施。コクドの大株主である堤家はNW社に移り、コクドはNW社の子会社となる。株式交換は株式会社が他社の完全子会社になるための制度。子会社となる会社の株主が、所有する株式を親会社となる会社の株式と交換する。

(2)コクドが第三者割当増資を実施し、サーベラスが1,000億円、日興プリンシパル・インベストメントが600億円を出資。その結果、NW社における堤家の出資比率は低下。

(3)西武鉄道の子会社、旧プリンスホテルがコクドを吸収合併し、コクドは解散。コクドの株主になっていたNW社、サーベラス、日興プリンシパルが旧プリンスホテルの株主になる。

(4)西武鉄道が会社分割を行い、自社のホテル事業(品川、赤坂、新横浜、鎌倉など)を旧プリンスホテルに譲渡。

(5)旧プリンスホテルが西武鉄道に対して株式交換を行い、西武鉄道を完全子会社にする。

(6)06年2月、持ち株会社、西武HDを設立し、後藤氏が社長に就任。旧プリンスホテルが西武HDに株式を移転し、西武鉄道の親会社は旧プリンスホテルから西武HDに変更。西武HDの株主はNW社、サーベラス、日興プリンシパルとなる。

(7)旧プリンスホテルは新旧会社に会社分割して、新プリンスホテルを設立。同ホテルが、西武HDに併合された旧プリンスホテルの事業であるホテル事業やスキー場などのリゾート事業を引き継ぐ。プリンスホテルやスキー場の事業は新プリンスホテルが行う。

 以上のような複雑かつ異例の経緯を経て、西武HDの完全子会社として、事業会社である西武鉄道と新プリンスホテルがぶら下がる現在のかたちになった。これらの手続きは同時進行で行われた。かつてコクドを通して堤家は西武鉄道を支配していたが、この一連のグループ再編を経て、コクドは解散、堤家の資産管理会社であるNW社の西武HDにおける出資比率は下がった。それでも西武HDの大株主名簿(昨年9月30日現在)によると、サーベラスグループは複数の名義に分かれており、単独名義の筆頭株主はNWコーポレーション(保有率:14.95%)となっている。

 西武HDの再上場に際してサーベラスが保有株をどの程度放出するかにもよるが、NW社が名実ともに筆頭株主になる可能性が高いとの見方も強い。

 不祥事で西武の上場廃止から9年、かつて西武グループの経営を差配していた堤家が、新生・西武HDの筆頭株主に返り咲き、再びその経営に乗り出す事態となるのか。今後の動向に、市場の関心が集まっている。
(文=編集部)

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