コンビニ業界の雄、セブンイレブンを傘下に持つセブン&アイ・ホールディングス(セブン&アイ)の先行きの不透明感が高まっている。本来、企業の経営者は組織全体が向かうべき方向を明確に示すことが求められる。

しかし、同社のケースでは、明確な経営の意図を読み取ることが難しくなっているようだ。

 同社のスマホ決済サービス「セブンペイ」にて不正アクセス被害が発生したことを見ると、事態は深刻さを増しているようだ。スマホ決済への取り組みの遅れを挽回しようと急ぐあまり、同社は基本的なセキュリティーに関する問題を見過ごしたのかもしれない。同社には銀行ビジネスなどを通してセキュリティー管理に関する経験があるはずなのだが、2段階認証が導入されなかった背景には何か根本的な問題があると考えるべきだろう。

 現在、同社は業績そのものが大きく悪化している状況ではないが、トップが組織を落ち着かせることができるか否かによって社会的信用は大きく変わるだろう。経営者に求められることは、グループ全体としてどのような小売業を目指すか、全体像を従業員や消費者をはじめとするステークホルダー(利害関係者)に提示することだ。

明確なリーダー不在による経営の混乱

 セブン&アイの経営を見ていると、同社の組織はかなり混乱しているように見える。この状況が続くと、従業員やコンビニオーナーの気持ちが同社から離れ、組織全体のまとまりが弱まってしまう可能性がある。

 最大の課題は、経営陣が強力なリーダーシップを発揮して、組織全体を束ねられるかどうかだ。2016年4月、セブン&アイの鈴木敏文会長(当時)がトップ人事をめぐって突然の退任を発表したことは、同社の経営にある意味での混乱をもたらした。鈴木氏の後を継いだ井阪隆一現社長は現場の不満などに直面し、組織全体を束ねることが難しい状況に直面しているとの見方が多い。

 鈴木氏は、消費者の感覚を重視することによって、多くの人から支持されるコンビニ店舗の運営と商品開発に手腕を発揮した。

加えて、同氏はデータに基づいた仕入れを重視し、売れない原因を徹底的に追及した。それが、セブンイレブンの成長を支えた。成長を実感できる状況が続くに伴い、「鈴木氏の言うことを聞いておけば問題ない」という思い込みが組織全体に浸透したことは容易に想像がつく。

 ただ、あまりに長く鈴木氏はトップの座に居続けた。その結果、後継者の育成が進まなかった。言い換えれば、組織を構成する一人ひとりが、自ら考え、新しいことにチャレンジしようとする考えを抱くことのない時間が長くなりすぎた。

 トップ人事をめぐる対立から鈴木氏が会長職を去ったことを境に、セブン&アイは船頭を失った船のような状況に陥ったといえる。組織全体で「誰のいうことを聞けばよいのだろう」という不安や疑心暗鬼の心理が広まったはずだ。全員がリーダーと認めていた唯一の人物がいなくなり、誰のいうことを聞けばよいか、組織を構成する人々の意識がバラバラになってしまっているような印象を持つ。この状況が続くと、各事業部門が自らにとって最適な状況を追求し始め、一段と組織の統率が難しくなる恐れがある。

不満噴出のコンビニ店オーナー

 カリスマが去った後の組織の混乱ぶりは、2つの点から確認できる。

 1つ目が、24時間営業をめぐるコンビニのオーナー(フランチャイジー)と本部の対立だ。

小売業界に精通したアナリストの一人は「カリスマ経営者の鈴木氏が君臨していた時代なら、オーナーが本部に不満を伝えることなど想像できなかった」と話していた。

 現在、人手不足の問題は日本だけでなく、世界経済全体で共通する大きな問題だ。そのため、コンビニの現場にかなりの負担が生じていることは確かだ。反論が難しいほど強力なリーダーの不在と、負担に耐え切れなくなったオーナーの増加が重なり、本部とオーナー間の関係がこじれ始めた。

 ただ、24時間営業はセブンイレブンをはじめとするコンビニエンスストアのビジネスモデルの基礎だ。コンビニ業界の物流、弁当の供給ラインの稼働などは24時間営業を前提に構築されている。これを一朝一夕に再構築することはさらなる混乱を招く可能性が高い。加えて、コンビニは24時間使えるからこそ便利という消費者のニーズも強い。

 本来、セブン&アイ経営陣は、いかにして24時間営業を維持するか、その方策をオーナー側に提示し、納得を得なければならないはずだ。それが、組織全体の向かうべき方向を示すということだ。しかし、セブンイレブンは24時間営業をオーナーの判断に任せるとの方針をとっている。これでは現場と本部の利害の調整は難しいだろう。

 すでに群馬県では、旅行を理由にした休業の是非をめぐり、オーナーと本部の対立が表面化してしまった。オーナー側は本部が営業の代行を認めないのは「優越的な地位の乱用」に当たるとして公正取引委員会に申告した。現状、オーナーと本部、双方が不信感を募らせてしまっている。

 セブン&アイは全社的な方針を掲げると同時に、省人化投資を加速するなどしてオーナーの不満を解消しなければならない。個別対応を続ける限り、組織全体の混乱は続く恐れがある。

“焦り”によるセブンペイの不正アクセス

 2つ目が、スマホ決済アプリのセブンペイにおいて不正利用が起きたことだ。原因は、2段階認証という当たり前の取り組みが導入されなかったことにある。なぜ、当たり前と考えられることができなかったか、同社は問題に向き合わなければならない。ITサービスの利用に関して、2段階認証は当たり前になっている。インターネットメールを使う際も2段階の認証が求められることが多い。それでも個人情報の保護には十分ではないとの指摘も多い。

 にもかかわらず、セブン&アイは2段階認証を導入しなかった。

気になるのは、セブン&アイが電子マネーの「ナナコ」やセブン銀行の運営を通して、セキュリティーに関する相当の経験を積んできたことだ。不正アクセスの発生は、自社内の経験を十分に活用できなかったという問題も浮き彫りにしたといえる。

 記者会見にて同社は2段階認証を見送った理由を説明できなかった。否、なぜ導入しなかったか、明確な理由がわからなかったのではないか。強いて理由をあげるとすれば、同社全体に焦りが蔓延していた可能性がある。セブン&アイ全体で、スマホ決済の遅れを取り戻し消費増税への準備を進めるといった考えが強くなりすぎたのだろう。不正アクセスが発覚した後も、同社は利便性の向上を理由にセブンペイの全面停止を見送っている。

 同社は冷静に事態を把握するゆとりを大きく低下させてしまっているように思える。経営者は一刻も早く明確な方針を打ち出して、組織全体をまとめ直さなければならない。24時間営業に関する指針、キャッシュレス決済に関する取り組みと銀行ビジネスなどで得てきたノウハウの融合など、速やかな指針の策定が求められる分野は多い。

 経営者がその一つひとつに真正面から向き合うことが、浮足立つ組織を落ち着かせるために欠かせない。それができなければ、セブン&アイはコンビニオーナーや消費者からさらなる反感を買い、社会的な信用が低下する恐れもある。

セブン&アイの経営は正念場を迎えている。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

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