7月9日に朝日新聞・朝刊1面で報じられた、「ハンセン病患者の隔離政策による家族への差別被害を認めて国に賠償を命じた熊本地裁判決について、政府が控訴を行う」とのスクープ記事が、結果として誤報となったことは記憶に新しい。この“大誤報事件”を考える上での試金石となりそうなイベントが、まもなく新聞業界において開催される。

それは、「新聞協会賞」だ。

 この新聞協会賞は、新聞各社にとって最大の表彰イベント。過去1年間に掲載された各社のスクープの中で最もインパクトがあったものを選ぶという新聞業界内の表彰制度で、毎年秋に発表される。

 過去には、以下のような世を揺るがした大スクープが受賞してきた。

「ソ連、共産党独裁を放棄へ」(1990年度、産経新聞
「旧石器発掘ねつ造」(2001年度、毎日新聞)
「大阪地検特捜部の主任検事による押収資料改ざん事件」(2010年度、朝日新聞)

 今年も、応募記事が7月2日に出そろったといい、日本新聞協会の発表によれば編集部門に47社92件が応募、編集部門のうちスクープを対象とする「ニュース部門」には19社28件の応募があったという。

 ある全国紙幹部はこの新聞協会賞に対し、「応募作品を見ると、マスメディアが置かれた現状や課題が見えてくる」と指摘する。

 今回のニュース部門において、「協会賞候補の筆頭スクープ」と業界内で呼び声が高いのは、読売新聞社会部による「不正入試問題」だ。これは、東京医科大学などの医学部入試で女子差別や浪人生差別が行われているという実態を2018年8月にスクープしたもの。読売のスクープ後にマスコミ各社が後追い報道をし、こうした入試差別が全国の大学医学部に蔓延していたことが明らかになっている。

 全国紙社会部の中堅記者は、「これこそ不都合な事実を掘り起こす『調査報道』のお手本のようなスクープだ」と指摘する。読売は他のスクープも新聞協会賞に応募しているが、そのうちの1本は、日本陸連の警告後も中高生の陸上選手の一部で不適切な鉄剤注射が行われていたというもの。地方部発のもので、これも調査報道型のスクープといえよう。

 調査報道型では、共同通信も経済部発で、「中央省庁の障害者雇用水増し問題」のスクープを応募している。長年にわたって中央省庁が、法定雇用率を達成したように見せかけるために障害者の雇用数を水増ししていたことを報じたものだ。

 ほかにも調査報道型で注目されているのが、地方紙の秋田魁新報による「イージス・アショア配備問題をめぐる適地調査、データずさん」のスクープだ。イージス・アショア配備計画をめぐる防衛省の調査データに誤りがあることを明らかにしたもので、この問題は7月の参院選でも争点のひとつとなったことは記憶に新しい。

 全国紙ベテラン記者は、「全国ニュースより話題性に劣る地方紙は、ニュース部門ではどうしても不利な立場にありますが、今回は『新聞協会賞を取れる作品だ!』と秋田魁新報は気勢を上げているようですよ」と話す。

どうせ公式発表されるものを“スクープ”することに血道を上げる

 さて、上述のこうした一連のスクープ記事に対して、「古いスクープの典型」と新聞業界で指摘されているのが、朝日新聞が申請した「日産自動車カルロス・ゴーン会長逮捕をめぐる一連のスクープ」(2018年11月)。東京地検特捜部が日産のゴーン前会長を金融商品取引法違反の容疑で逮捕することを、当局の発表前にスクープしたものだ。前出の社会部中堅記者は、以下のように警鐘を鳴らす。

「朝日は紙の新聞よりも前に『デジタル速報した』ことをもって、“デジタル時代に即したスクープ”としてアピールしているようです。確かにニュースそのものの衝撃は大きかったわけですが、その内実は、当局の発表よりもほんのわずか前に報じるという、旧態依然とした『前打ちスクープ』の典型例。調査報道の社会的な意義が重視されるようになる中で、朝日のこのスクープが協会賞を取れば、業界内外に“間違ったメッセージ”を送ることになると思いますね」

 実際、過去には、「三菱・東銀の対等合併」の特報(1995年度、日本経済新聞)など、ビッグニュースを公式発表よりも前に報じたスクープが協会賞を取ることが多かった。しかし最近では、調査報道型のスクープが協会賞を受賞する傾向が強い。

「群馬大学病院での腹腔鏡手術をめぐる一連の特報」(2015年度、読売新聞)
「防衛省『日報』保管も公表せず」(2017年度、NHK)
「財務省による公文書の改ざんをめぐる一連のスクープ」(2018年度、朝日新聞)

などは、そうした調査報道型スクープのよい例だろう。

 一方で2016年度には、「天皇陛下『生前退位』の意向」のスクープ」(NHK)の受賞もあるが、概して以前と比べれば「前打ち型」スクープの受賞は減ってきているという。その理由について全国紙経済部中堅記者はこう語る。

「前打ちスクープは結局、当局からのリークと切り離せず、当局との“持ちつ持たれつ”の関係を生みやすい。また、スクープ合戦という報道各社の“業界内ゲーム”という側面も強く、数時間か数日待てば公式発表されるものを他社に先駆けて報じることに、どのような意味があるのかという問題もはらみます。ニュースを深掘りし、追いかけていて、それが結果的に前打ちスクープになるのならいいでしょうが、前打ちスクープのために夜討ち朝駆けに邁進するのは、もはや今の時代にどれほどの意味があるのか。先日の朝日のハンセン病患者訴訟に関する“大誤報”も、そのような“他社に抜かれるな”という業界内競争から生まれたもの、という見方もできますからね」

優秀な記者が、転職してスクープ記事を飛ばす

 また一方で、新聞協会賞への応募作品は、各社の“体力”を示すリトマス試験紙になるという指摘も。

「経営体力の悪化が指摘される時事通信は、各社が後追いするようなスクープを出せていないため、昨年の2018年度はニュース部門には応募しませんでした。今年は『日銀、長期金利の上昇容認』のスクープを応募していますが、内容はかなりマニアックで、受賞が難しいのは明白でしょう。一方で要注目なのは、時事通信のライバルの共同通信が応募した、『障害者雇用水増し問題』のスクープ。この記事の代表者はなんと、時事から共同に転職した女性記者なんです。この記者に限らず最近は、時事の優秀な記者が、比較的待遇のよい共同に移るケースが目立っていますね」(全国紙経済部中堅記者)

 今年度の新聞協会賞は、各部門の選考分科会を経て、9月4日の選考委員会で受賞作品が決定される。

新聞業界内のゲームという側面の強い「前打ち型スクープ」が受賞するのか、あるいは社会の問題点をあぶり出す「調査報道型スクープ」が受賞するのか。受賞作品から垣間見えるのは、マスコミ業界の明るい未来か、それとも暗い未来だろうか?

(文=編集部)

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