日本郵政かんぽ生命保険、ゆうちょ銀行の郵政グループ3社の株価が8月26日、そろって上場来安値を更新した。合計の時価総額は9兆円強。

3社は2015年11月に同時上場し、時価総額は同年12月に最大の19兆485億円(終値ベース)まで膨らんだ。ピーク時の半分を割り込み、この間に時価総額は9兆円以上が消えた。

 かんぽ生命の保険をめぐる不正な契約が6月下旬から相次いで発覚。7月31日、不利益を与えた可能性のある契約が過去5年で18万3000件に上ると発表した。

 日本郵便が委託を受け販売するアフラック生命保険のがん保険で、保険料の二重払いや無保険状態の契約が18年5月から今年5月までに約10万4000件あることがわかった。不祥事の連鎖で郵政3社の株価の下落は止まらない。

 日本郵政がかんぽ生命株式を売却した今年4月以前に、「経営陣が多数の不正を把握していたかどうか」が焦点となっている。不正を知っていながら、かんぽ生命株を売却していたとすれば、大きな問題だ。

 7月31日、日本郵政の長門正貢社長が、かんぽ生命の植平光彦社長と日本郵便の横山邦男社長を従え記者会見に臨んだ。持ち株会社の日本郵政は、かんぽ生命の64%、日本郵便の100%の株式を握り、長門氏は両社の取締役を兼務している。

 長門氏は「自分は何も知らされていなかった」として、「4月時点の(不正の)認識」を完全に否定。植平氏は「全体の規模感を知ったのは6月」と主張した。

 長門氏は、郵政民営化委員会の岩田一政委員長や日本取引所グループの清田瞭CEO(最高経営責任者)が「(不正を)速やかに公表すべきだった」と指摘したことに対して、20分を費やし「(不正を隠した事実はなく)まったくシロ」と反論。「岩田、清田両発言は非常に重い。『冗談ではない』と申し上げたい」と言い放った。

 謝罪会見といいながらも長門氏が反論に終始したのは、岩田、清田両氏の発言を全否定しておかないと、自分のクビが飛ぶと考えたからに相違ない。

 これに対し岩田氏は8月23日の記者会見で、不正の把握が遅れたことについて「現場からトップに情報が伝わる仕組みが機能していなかった」と苦言を呈した。長門氏が「自分は何も知らされなかった」と抗弁すれば、逆にグループとしてのガバナンス(企業統治)が効いていないことを認めたことになる。縦割り組織のなかで、上層部が問題を隠す傾向があるとは、従来から指摘され続けてきた。抜本的な改革をしてこなかった経営陣の責任はきわめて重い。

不祥事の元凶は日本郵便の2トップ

 日本郵政グループ3社の社長に一斉退陣論が出ているが、事はそう簡単ではない。植平氏の退任はほぼ確実だが、「植平氏一人のクビでは収まらないだろう」(政府関係者)という状況下にある。第三者の調査委員会が、年内をめどに報告書をまとめる。それを受けて行政指導を行い、植平氏のクビを差し出すという流れまでは、ほぼ固まっている。

 それまでの間に後任を探すのだから、かんぽ生命の後任は見つかるだろうとみられている。そもそも、植平氏は長門氏が連れてきたため、“トカゲの尻尾切り”もしやすい。

 今回の不祥事の本当の“がん”は、日本郵便の2トップにあるといわれている。かんぽ生命の個人向け保険を実際に販売しているのは、日本郵便が運営する全国2万局を超える郵便局の局員だ。郵便局では、ゆうちょ銀行の貯金集めをしながら、投資信託と保険を一緒に売っていた。日本郵便がゆうちょ銀行、かんぽ生命から受け取る業務委託料は年間1兆円に上る。

 日本郵便の横山社長は住友銀行出身。大沢誠副社長は、全国郵便局長会の会長を務めた後、3年前に日本郵便の執行役員に就いた。「数字(営業)最優先を現場(郵便局員)に厳しく求めた。住友式のノルマ営業を、たいした教育もせずに郵便局員に強いた」(日本郵政の元幹部)との批判の声もある。

 だが、「横山氏は本音のところでは反省していない。ノルマの何が悪い、という考え。

本人は、責任を取る気はさらさらない」(日本郵便の現場の中間管理職)と指摘されている。

 日本郵便は15年、基本給の12%を削減し、営業実績で増減する営業手当の割合を増やした。そのため、無理な営業をするようになり、不適切な販売を助長する一因となった。

 日本郵政グループ労働組合(JP労組、増田光儀・中央執行委員長)は、熊本市で全国大会を開いた。大会では、日本郵便とかんぽ生命の渉外営業社員らを対象に、収入減を補う緊急手当を会社側に求めることを決めた。

 渉外社員のインセンティブ(報奨金)は「中央値で年収の25%」に達している。新規契約が止まるだけでなく、不正販売の大量解約が予想される。新規契約が2年未満で解約されると報奨金を返納しなければならないルールがあるからだ。月給が半分以下になる郵便局員やかんぽ生命の社員が出る可能性もある。そうなれば、住宅ローンを払えなくなる困窮者が続出することになる。深刻な事態だ。

 横山氏は「労組が、インセンティブが激減して困っていることを逆手に取って、組合とうまく手を握り、郵政族議員も巻き込んで居座りを図る」(前出の日本郵便の管理職)といった情報が駆け巡っている。

 日本郵政の長門氏も、「自分は知らなかった」として逃げ切ろうとしている。実際、日本郵政のトップも日本郵便の社長も、やりたがる人はおらず、後任者選びは簡単ではない。それが、長門氏と横山氏が責任を取らずに居座れる背景になっている。

金融庁、かんぽ生命、日本郵便本社に立ち入り検査

 金融庁は9月11日、かんぽ生命と日本郵便の立ち入り検査を始めた。金融庁は過大な販売目標が不正の温床になったとの見方を強めており、内部管理に不備があったと認められれば行政処分を検討する。郵政グループは経営体制の見直しを迫られることになる。

 金融庁は、かんぽ生命に報告徴求命令を出し、問題となった郵便の販売行為について調査を進めてきた。今後は、保険業法に基づく検査となり、かんぽ生命本社などに検査官を派遣した。日本郵便では本社のほか、必要に応じて各地の郵便局でも担当者の聞き取りを行う予定だ。

 保険業法では、販売時に契約者に虚偽の情報を伝えたり、不利益となる事実を告げずに乗り換えを勧めたりする行為を禁止している。法令違反に該当する事案が一定規模で認定されれば、経営陣の説明責任が問われる。

 かんぽ生命の不正をめぐっては、外部弁護士による特別調査委員会が全容解明に向けた調査を始めており、年内にも報告書を出すことになっている。

「日本郵政グループは菅義偉官房長官の“天領”」(永田町筋)といわれている。自浄能力のない日本郵政グループの首脳人事に、菅官房長官がどんな判断を下すのかが注目される。
(文=編集部)

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