今年の春に、17年ぶりの復活としてトヨタ自動車から発表された新型「スープラ」。BMWと共同開発を行うなど、これまでのトヨタとは異なるアプローチでつくられた高級スポーツカーで、クルマ好きの間で大きな話題になっている。

 そんなスープラは、実は一般的なトヨタ車として当然の条件を満たしていないのが興味深い。トヨタ(をはじめ各自動車メーカー)には、法律面とは別に商品を世に送り出すための社内基準が設けられている。乗り降りのしやすさや運転しやすさなど、実用性や扱いやすさの水準を保つためだ。それを満たしていないということは、つまり、新型スープラはこれまでのトヨタの常識から外れていると言い換えていいだろう。

 常識外のひとつが、サイドシルと言われるドア開口部分の下側である。スープラのドアを開けると驚くのだが、開口部下部が異常に太いのだ。

 新型スープラの開発責任者は「これはトヨタの基準を大きく超えている。普通のトヨタ車なら間違いなく許されない」と言う。そのデメリットは、乗り降りがしづらいことである。

 一方でメリットは、車体剛性(走行中の車体の変形しにくさ)が大幅に向上し、走行性能が高まること。トヨタは「乗り降りしづらい」というデメリットよりも「走りがよくなる」というメリットを選んだのだ。

 もうひとつは、車体と路面との隙間。

スポーツカーは車体を低く構えていたほうがカッコいいし、重心が下がって走行性能が上がる。しかし、道路から駐車場やコンビニなどへ入る際の段差で車体の底などを擦るのを防ぐために、十分な隙間を持つことが常識とされるのだ。

 新型スープラはカッコよさや走行性能を求めて、この隙間を狭くしている。それに関しても、トヨタの社内基準を満たさないという。

 そのため、トヨタは走行前の試作車による公道テスト時に、一般的には試作車で立ち寄ることのないコンビニの駐車場などへ積極的に入ったという。いろいろな場所に立ち寄ることによって、日常域で問題が生じないかを念入りに確認したというのだ。

もちろん、そこで大きな問題がなかったから、そのまま市販されたのは言うまでもない。

「86(スープラの前に発売したスポーツカー)のオーナーと多く接して感じたのは、スポーツカーを購入する人たちが実用性について寛大であり、こちらの狙いをしっかり理解してくれるということでした。乗り降りが多少しづらくなっても、走行性能が高いほうがいい。段差などに気をつかわなければならなくなっても、低く構えたカッコいいスタイルのほうが喜ばれる。スープラを買う人ならどちらに価値を感じるかを考えての判断です」と開発責任者は説明する。

平均点主義から脱却か

 トヨタのクルマづくりは今、どんどん変化している。

新型スープラから感じるのは、トヨタは燃費のいいクルマや実用性に優れたクルマで顧客満足度を高める一方で、ターゲットを絞った少量生産のスポーツカーでは「トヨタ車はこうあるべき」という型にはまることなく、尖ったクルマづくりができる会社になっているということだ。

 クルマ好きを満足させる商品をつくるにはどうするべきか? かつては「おもしろみのないクルマづくり」と言われたトヨタだが、カーガイ(生粋のクルマ好き)として知られる豊田章男社長がスポーツカーづくりを支援したことも追い風になってか、平均点主義から脱却するヒントをつかみかけたようだ。

「これまでの常識にとらわれていては、会社の成長はない」

 トヨタのクルマづくりの急速な変化を目の当たりにすると、豊田社長をはじめとする経営陣からの、そんな声が聞こえてくるような気がする。

(文=工藤貴宏/モータージャーナリスト)