2019年11月12日、日産自動車は今期の営業利益の見通しを1500億円に下方修正することを発表しました。カルロス・ゴーン前会長が逮捕されたのが約1年前の2018年11月19日。

それから新体制へと移行したはずが、前期の決算は振るわず、2019年9月には後継者だった西川広人社長が辞任。そして今回の下方修正と、日産をめぐるニュースは悪いものばかりという印象です。

 このような比較をすると「最初から悪意をもって数字を並べているのだろう?」と勘ぐられそうですが、今回の記事のテーマとしては重要なことなので、あえてリーマンショックが落ち着いて以降の日産の営業利益の数字を並べてみたいと思います。

【日産の連結営業利益の推移】

2011~16年度平均 6,043億円(ゴーンCEO)

2017年度 5,748億円(ゴーンCEO)

2018年度 3,182億円(西川CEO)

2019年度 1,500億円(予定、内田誠CEO)

 この数字をただ眺めると、ゴーンCEOが君臨していた時代は安定して毎年6,000億円規模の利益をあげていたところが、日本人経営者に経営権が戻ったとたんに低収益企業へと逆戻りしているように見えます。

 ゴーン氏の日本デビューは鮮烈でした。今からちょうど20年前の1999年10月にCOOとして大赤字だった日産に着任し、リバイバルプランとして3つの公約を掲げ、それをすべて達成します。

1.2000年度連結当期利益の黒字化

2.2002年度連結売上高営業利益率4.5%以上

3.2002年度末までに有利子負債を7000億円以下に削減

 どれも私たちコンサルタントの眼からは不可能に思えたチャレンジでしたが、着任1年半後の2000年度末に日産は営業黒字825億円をたたき出し、2002年度の利益率目標も達成。2兆1000億円あった有利子負債は4年で完済しました。

 直近の日産の連結売上高の水準は過去4年間、ほぼ11兆円強の状態にあります。その状況での営業利益率4.5%というと、営業利益5000億円あたりが日産リバイバルプランで設定した目標水準です。日本人社長に代わった昨年度も今年度予定の数字も、どちらもリバイバルプラン当時の目標を大きく割り込んでしまっています。そのため「結局、日産はゴーン氏がいなくなったことで、またダメ会社になっちゃうんじゃないの?」と思われてしまうわけです。

「ルールを守った私物化」をどう考えるか?

 さて、日産のこれからも気になりますが、今回の記事で焦点をあてたいのは「会社を私物化するけれども、業績はきちんとあげるCEO」という存在を私たちはどう考えるべきかという話です。

 ゴーン氏についてはまだ公判中ですので、容疑としてあげられているような自身の金融取引の損失を穴埋めするために日産を利用したとか、20億円相当の自宅を日産に買わせたといった事実があったのかどうかはわからないという前提で話をします。

 では一般論としては、会社を自分のものであるかのように扱うけれど、長期にわたって利益を上げる有能さを持っている経営者は、良い存在なのでしょうか。それとも悪い存在なのでしょうか。これは感情論では受け入れがたい話である一方で、功利主義の観点でいえば「望ましい」と考える株主は多いはずです。

 もちろん私物化の影響範囲は広いので、たとえば権力をかさにパワハラやライバルの追い落としをするとか、有能なほかの社員のモラルを下げたりといったさらなる悪影響を伴うとすれば、いくら利益を稼ぎ出したとしても、それは悪だと考えるべきでしょう。報道によれば、日産の幹部がゴーン氏の行いについて検察に内部告発をするのを決めたのも、法令遵守という観点でモラル的に容認できないところまできていたということのようです。

 しかし仮に、ルールを守った私物化が成立するような新しいルールを考えた場合はどうでしょう。これはあくまで思考実験ですが、株主総会や役員会で「CEOには連結営業利益の0.5%を私的に使うことを許す」と決めたとしたら、この問題はどのように変わるでしょうか。「日本でもフランスでも、そんなルールは会社が決めることはできない」などと言わずに、「もしそのようなルールがあったらどうなのか」を考えてみましょう。

 もしこのようなルールの世界にゴーン氏がいたとすれば、彼の個人的な苦境は解消されるはずです。たとえば資産運用に失敗して20億円の担保を差し出さなければいけなくなったとしても、日産が6000億円の営業利益を叩き出せば30億円の私的流用枠ができます。

それだけ毎年流用枠があれば、レバノンに20億円する豪華な自宅がほしくなっても、1年分の枠を使って社宅として買ってもらうことがルールのなかで可能になります。

アメリカの大企業では事実上導入

 なんとなく読者のみなさんもお気づきかもしれませんが、アメリカの大企業の業績連動型の報酬体系の下では、現在進行形でこのようなことが行われていて、CEOが100億円規模の巨額報酬を得ると同時に、株主も株価の大幅上昇で満足を得るというウィンウィンな状況が生まれています。

 ゴーン氏にとって不幸だったことは、親会社であるルノーの大株主がフランス政府で、フランスそのものが西側社会のなかでも社会主義的な色合いが強い国だったことでしょう。そのため、あれだけ世界的に有名な経営者であったにもかかわらず、ルノーでのゴーン氏の報酬は、日本の大企業経営者の報酬と大差がありませんでした。

 そして日本経済にとって不幸だったことは、法律を遵守しようとしたら、優秀な経営者を放逐せざるを得ないということです。少なくとも現行の法律がある以上、日産の株主も内部関係者も、ゴーン氏を告発せざるを得ない。

 さて、この状態を唯一変えることができるのは法律をつくる国会だけです。政治家や官僚がいろいろとやらかしていることがいつも国会で問題になりますが、わが国の官僚はしっかりしているので、大概の不祥事は法律上では合法になっています。だとしたら政治分野だけでなく経済分野に関しても「稼いでいる会社の利益の一部を流用するのは合法である」という法律もつくってみたらどうかと思うのですが、官僚のみなさん、経済成長のためにこういったことを検討してみてはどうでしょうか。

(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

●鈴木貴博(すずき・たかひろ)
事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。

持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『ぼくらの戦略思考研究部』(朝日新聞出版)、『戦略思考トレーニング 経済クイズ王』(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。

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