旧村上ファンドの関係者が運営する投資顧問会社のエフィッシモ・キャピタル・マネージメントが、インターネットで保険を販売する東証マザーズ上場のライフネット生命保険株式の5.19%(265万3400株)を保有していることが、5月22日付の大量保有報告書で明らかになった。保有目的は「純投資(ただし、うち265万3300株については、投資一任契約に基づく顧客資産運用のため)」としている。
折しも、KDDIがインターネット証券大手で東証1部上場のカブドットコム証券のTOB(株式公開買い付け)の最中であった。買い付け価格は1株当たり559円。買い付け期間は4月25日から6月13日まで。総額は876億円で出資比率は49%になる。
カブドットコムの親会社の三菱UFJフィナンシャル・グループはTOBに一部分応じ、持ち株比率は59%から51%に低下する。社名を「auカブコム証券」に変更し、上場廃止になる見通しだ。
三菱UFJ銀行とKDDIが折半出資するインターネット銀行の「じぶん銀行」についても、KDDIは「じぶん銀行」が実施する250億円の第三者割当増資を引き受け、4月1日に出資比率を50%から63.78%に高め、社名を「auじぶん銀行」とした。
KDDIは4月1日、中間金融持株会社「auフィナンシャルホールディングス」を設立。auカブコム証券やauじぶん銀行を傘下に収めた。
KDDIは携帯電話を中心とした通信ビジネスが減速するなか、金融サービスを新たな成長の軸に育てる。これからの金融サービスはスマートフォンが中心になるとし、スマホ関連の金融事業の拡大に力を注ぐ。
ライフネット生命保険に話を戻す。KDDIはライフネット生命保険の筆頭株主である。
15年4月、KDDIはライフネット生命が実施する第三者割当増資を引き受けた。30億4000万円を投じ、議決権ベースで15.95%の筆頭株主となった。さらに17年12月、KDDIは三井物産から株式を買い取り、保有比率を25.02%に高めた。
総合金融サービスを目指すKDDIが証券と銀行の次に傘下に収めたいのが保険だ。ライフネット生命株の保有比率を高めて子会社に組み込むことを狙う。
エフィッシモがライフネット生命の株式を大量に保有したのは、KDDIがTOBを仕掛けると読んでのことだ。TOBを実施すれば株価は上昇し、高値で売り抜けることができる。
●3人の創業者
2008年5月18日、インターネットで保険を販売するライフネット生命保険が営業を開始した。営業担当者いらずのネット保険会社だ。戦後初の独立系の生保で、ネット専業生保としては同年4月のSBIアクサ生命保険(現・アクサダイレクト生命保険)に次いで2例目である。
創業者の1人が出口治明氏。京都大学法学部を卒業、日本生命保険相互に入社。経営中枢の経営企画、運用企画を歩き、ロンドンの拠点のトップから国際業務部長に就任した。1996年、日生の長期ビジョンを策定(2020年まで)。その際、海外売上比率20%を目指す提案をした。当時の日生の海外の売上比率はほぼゼロ。だが、バブル崩壊による金融危機で銀行や証券の破綻が相次いだためグローバル化の計画は先送りとなり、出口氏は子会社に飛ばされた。
だが、東京大学の小宮山宏総長(当時)のもとで働いている友人を訪ねたのが縁で、東大改革を進めていた東大にスカウトされ、2005年、非常勤の東大総長室アドバイザーに就いた。
さらに出口氏は、あすかアセットマネジメント会長の谷家衞氏を紹介された。東京大学法学部を出て、ソロモン・ブラザーズなど外資系金融機関で活躍した後、投資家になった人物だ。「新しい生命保険会社をつくろう」と谷家氏から声をかけられた。
その谷家氏が岩瀬大輔氏を引き合わせた。
3人は「日本初のインターネット生保を立ち上げよう」と意気投合したが、これは無謀な挑戦だった。ネット証券やネット銀行だとワンクリックで取引が成立する。ところが生保は息が長い商品。ネット生保が一般の顧客から信頼を得るのは大変なことなので、ネット専業の生保をつくろうという人はいなかった。
2年の準備期間を経て2008年5月、ライフネット生命保険は営業を開始した。エンジェル投資家の谷家氏が発起人兼筆頭株主、出口氏が社長、岩瀬氏が副社長という布陣だった。
●創業者たちが次々と去る
ネットで生命保険を売るという発想は斬新で、シンプルさと安さを武器に、創業当初の数年間、契約件数は面白いように伸びた。しかし、オンライン生保市場への新規参入が相次ぎ、13~14年度ごろから業容の拡大にブレーキがかかり始めた。
営業開始から10年余を経た現在でも、生命保険のネット販売は全体の数%にとどまる。
創業者たちは別の世界へ飛び立っていった。13年に社長から会長に就いた出口氏は17年6月に経営の第一線から退いた。08年の営業開始からマーケティング部門を担当してきた中田華寿子常務も同時に退任した。上智大学文学部社会学科卒。電通出身でスターバックスコーヒージャパンの広報室長を務めていた。
出口氏は18年1月1日、立命館大学アジア太平洋大学(APU、大分県別府市)の第4代学長に就いた。自薦他薦の候補者は約100人いたが、「学者でないが賢者である」と是永駿学長(当時)が高く評価して、自分の後継者に選んだと伝わっている。
岩瀬氏は18年6月、社長のポストを森亮介氏に譲り、代表権のない会長に退いていたが、今年6月23日付で退任する。森氏は京都大学法学部卒でゴールドマン・サックス証券出身。創業メンバーである出口氏に続き、岩瀬氏が退任することで、新たな経営体制でオンライン生保市場での成長を目指す。
ライフネット生命の19年3月期の最終損益は当初黒字を見込んでいたが、17億円の赤字となった。20年同期の最終損益も20億円の赤字の見込み。水面下に沈んだままだ。スマホ向けのアプリの拡充など保険以外の分野を強化する。
生保業界に新風を吹込んだライフネット生命は10年の歳月を経て、大きな曲がり角に差しかかった。筆頭株主のKDDIの傘下に入って、「auライフネット生命保険」として生まれ変わる日が、刻々と近づいている。
(文=編集部)