NTT西日本では西日本管内の30府県で、地域が抱える課題を地域のパートナーとともに解決する取り組みを続けている。同社 島根支店では、内閣府の「デジタル田園都市国家構想」に取り組む島根県邑智郡の美郷町役場とタッグを組み、住民サービスの利便性を飛躍的に向上させるソリューションの構築・運用を目指している。
関係者に話を聞いた。

マイナンバーカードの活用方法を検討

美郷町は、島根県の中央部に位置する人口約4,000人ほどの町。平成16年に邑智町と大和村が合併して生まれた。江の川が貫流する自然豊かな土地で、特産物の山くじら(猪肉)はブランド展開もしている。

高齢化が進む中山間地域にある美郷町だが、マイナンバーカードの交付率は全国平均を上回る水準にある。2023年2月の時点でマイナンバーカードの申請率は74%を超える状況だった。
美郷町役場 情報・未来技術戦略課の漆谷暢志氏は、町内でショッピングなどに利用できる地域通貨「みさとと。Pay」でマイナポイントを受け取れるようにするなどの施策が奏功した、と分析する。

そのうえで「これをうまく活用できないか検討していたところでした。多くの住民が保有しているにも関わらず、普段は家に大事にしまわれているマイナンバーカードは、言わば眠れる資産。これをトリガーにして、地域住民が安心して暮らしやすくなる町づくりに役立てることはできないか、と考えたわけです」と話す。ちなみに原稿執筆時点で、美郷町におけるマイナンバーカードの申請率は80%を超えている。


美郷町とNTT西日本 島根支店は2020年12月17日に「ICTを活用した地域活性化に関する連携協定」を締結。地域のDX化に向けて少しずつ下地を整えてきた背景がある。

NTT西日本 島根支店の藏重淳司氏は「弊社では10年以上も前から美郷町内のインフラ構築などをお手伝いしてきました。町のほぼ全世帯に光回線を引いて、通信・放送などを提供する『みさと光ネット』のサービスも普及させております」と説明する。そんな藏重氏は、美郷町の情報・未来技術戦略課に2021年5月から2023年3月まで出向していた。当時を振り返り「実際に役場で感じたのは、高齢化率が非常に高まっていること、そして一人暮らしの高齢者もたくさんいらっしゃるということでした。
特に、健康増進は喫緊の課題。こうした中山間地域の方にいつまでも元気に暮らしてもらえるよう、外出機会の創出が必要だと考えました。また親戚、ご家族が県外で暮らしているケースも多く、遠くから高齢者を見守るサービスも求められているのでは、などと想像していました」と話す。

そんな折り、内閣府が「デジタル田園都市国家構想」の施策を打ち出した。デジタルを活用して地域の課題解決に取り組む自治体などに対して交付金が支給される。漆谷氏は「美郷町では、どんなことが実現できるだろうか――。
毎週、ミーティングを繰り返して議論を重ねました。申請締切日まで時間がないタイトなスケジュールのなかで、NTT西日本さんには休みの日にも対応いただき、本当に助かりました」と感謝の言葉を口にする。

○「美郷町デジアナ構想」が誕生

そして「美郷町デジアナ構想」が生まれた。これはマイナンバーカードを活用した新規事業で、主に「健康増進」「子どもの見守り」「避難所の受付」「バスの回数券の代替」という4つの施策から構成される。

○「美郷町デジアナ構想」の4つの施策

健康増進サービス
見守り(児童)サービス
回数券のマイナンバーカード化(バス)サービス
避難所受付サービス

「健康増進」施策では、町内の公共施設に設置されている読み取り端末にマイナンバーカードをかざすことで、地域通貨(みさとと。Payポイント)を付与。
高齢者の外出の機会を促すことで、健康増進に寄与する。「隣県などで働いている息子さんなどご家族の方には、◯◯さんが公民館に到着しました、などのLINE通知が送られます。美郷町には隣保館や公民館が複数あり、頻繁に講座などを実施していますし、定期検診のときにも会場に可搬型の読み取り端末を持って行き、検診の受診率向上にもつなげていく予定です」(漆谷氏)。

「子どもの見守り」施策についても同様。町内の小中学校にマイナンバーカードの読み取り端末を設置して、子どもが登下校時にタッチすることで、親にLINE通知が届く仕組みを考えている。藏重氏は「高齢者、お子さんが日常的にマイナンバーカードを持ち歩くことに関しては、心理的なハードルも予想されます。
今後、もっと住民の方の理解を得ていかないといけない部分だとは思っています」としつつも、高齢者や児童にとってはスマートフォンのアプリを活用したサービスよりも簡単で確実性がある、と評価する。

「避難所の受付」施策では、自然災害時に混雑する避難所でマイナンバーカードを使うことで、受付の迅速化をはかる。漆谷氏は「美郷町で最も多い自然災害は、江の川の増水によるものです。避難された方に1人ひとり、お名前(どんな漢字か)、そして住所なども聞いていくのですが、1度に何十人と来られるケースも多い。皆さんに水と毛布を渡しつつ、避難所の状況を本部に伝えつつ、となると現場には相当な負担がかかります。状況にもよりますが、避難所の開設当初は職員が2人ほどで対応しないといけないケースもある。マイナンバーカードを活用できれば、かなりの負担軽減が期待できます」と解説する。ちなみに自然災害時に避難所が混乱する様子は、藏重氏も役場出向中に身をもって感じたという。

「バス回数券のマイナンバー化」施策は、現在は紙で運用しているバスの回数券をマイナンバーカードで代用して、利用者、バス事業者、役場職員にかかる手間を効率化するもの。「現行の紙の回数券も残しつつ、マイナンバーカード利用もやっていきます」(漆谷氏)、「中山間地域ということで、バスが通る区間には電波が届かないエリアも含まれていますが、何処で乗った、降りたということがシステム側で捕捉できるようにします」(藏重氏)。

では実際に、議論で決まった施策をどうシステムに落とし込んでいくか。NTT西日本の林龍太郎氏は「NTTグループあるいはパートナーの企業さんが持っている既存のソリューションを組み合わせることで対応できるのか、それとも新しいソリューションを開発すべきか。どうやったら町民の皆さんに便利に使ってもらえるサービスとして構築できるか、そこにいつも頭を悩ませています」と苦笑いする。

今回の事業は美郷町デジアナ構想と銘打たれている。この理由について林氏は、次のように説明する。「私も過去にスマホの勉強会などで、美郷町の高齢者の方とお話する機会がありました。美郷町においても、たしかにスマホの所有率は上がっています。けれど皆さんができることと言えば、電話、メール、LINE、くらいで留まるんですね。やはり、それ以上の新しいことをスマホで始めるとなると、ハードルが高い。でも今回のようにカードというアナログな部分を入り口に、その先をデジタル化していけば、サービス内容がより受け入れてもらいやすいのではないか、という期待があります」。

これには漆谷氏も「高齢者の多い地域ですので、物理カードを端末にかざすというアナログな部分は受け入れられやすい。その裏ではデジタル処理が行われ、見守りのためのデータが送られています。町民の方は特に意識することなく、デジタル技術の恩恵を受けられるわけです。個人的な思いとしては、今回のような施策を通じて先進技術を少しずつ皆さんの間に浸透させていき、デジタル化についての理解を深めていきたい。そうすることで、次のデジタル施策にもつながるのかな、と思っています」とした。

美郷町デジアナ構想は、端緒についたばかり。美郷町とNTT西日本では、今年度末(2024年3月末)までに町内のデジタル環境を整備して、来年度から本格運用していく考えだ。

今後も地域活性化というテーマのもと、美郷町の目指すビジョンに寄り添いながら地域を盛り上げていきたい、と藏重氏。「最終的に町民の方が心豊かに、ウェルビーイングな生活を送れるようなお手伝いをしていきます」と誓う。林氏は「今回の美郷町における施策が、西日本管内の他のエリアにも水平展開していけるような事例になれば、と考えています」。

漆谷氏は、あらためてNTT西日本のサポートに感謝する。「課題解決に向けて献身的に取り組んでもらえており、心強い限りです。美郷町には、サテライトオフィスまで開設してもらいました。何かあれば、すぐに電話やelgana(エルガナ、NTTビジネスソリューションズの提供するビジネスチャットサービス)で連絡がとれる関係です。今後もNTT西日本と協力し、住民生活の質の向上を目指したより良いサービスの提供に励んでいきたいと思います」と話した。

近藤謙太郎 こんどうけんたろう 1977年生まれ、早稲田大学卒業。出版社勤務を経て、フリーランスとして独立。通信業界やデジタル業界を中心に活動しており、最近はスポーツ分野やヘルスケア分野にも出没するように。日本各地、遠方の取材も大好き。趣味はカメラ、旅行、楽器の演奏など。動画の撮影と編集も楽しくなってきた。 この著者の記事一覧はこちら