俳優の田村正和さんが主演し、三谷幸喜が脚本を手掛けた人気刑事ドラマシリーズ『古畑任三郎』の放送スタート30周年を記念し、現在フジテレビ「ハッピーアワー」枠(毎週月曜~金曜 第一部13時50分、第二部14時48分)で一挙放送中だ。田村さん亡き今も多くファンに愛され続ける『古畑』シリーズ。

作中にはいくつもの「お約束」が存在するが、今回はシリーズを何作も通ってきたマニアほど驚かされ、唸ってしまった“お約束破り”エピソードを紹介したい。(※以下、ネタバレを含みます。ご了承の上、お読みください)

【写真】古畑任三郎が説得「我々生きている人間の義務です」 津川雅彦さん出演回の名シーン

殺人が起きない!

 1本目として紹介したいのは、1999年に放送された3rdシーズン「古い友人に会う」。旧友の小説家・安斎亨(津川雅彦さん)の別荘に招待された古畑。しかし、安斎とは特に親しかったわけではない古畑は、なぜ自分が招かれたのか、疑問を抱く。

 『古畑』は、往年の人気海外ドラマ『刑事コロンボ』などで知られる「倒叙」というスタイルをとり、通常は最初に犯人が犯行シーンとともに視聴者に明示される。これは「フーダニット」(誰が犯人か?)に焦点を当てる多くのミステリー作品と一線を画しており、犯人が分かっているからこそ、視聴者は古畑=田村さんと毎回の大物ゲスト(ほとんどは犯人役)の会話劇を存分に楽しめる。

 ところが「古い友人に会う」では、いつまでたっても殺人はおろか何の事件も起きない。いかにも怪しい安斎の不倫妻(三浦理恵子)が登場し、視聴者のミスリードを誘うが、この回の“お約束破り”は「殺人が起きない」ということ。“犯人”安斎が命を狙っていたのは自分自身だった。彼の狙いは、自ら死ぬことで妻を殺人犯に仕立て上げる「計画的自殺」だったのだ。

 しかし、寸前のところで安斎の計画を見破った古畑は「私はこれまで強制的に死を選ばされてきた死体を数多く見てきました。
彼らの無念な顔は忘れることができません。彼らのためにも我々は生きなければならない。それが我々生きている人間の義務です」と、いつものニヒルな語り口とは一味ちがう迫真の表情で語りかけ、説得を試みるのだった。

 視聴者にこれまでの数々の事件を想起させ、最終回を思わせるような名ゼリフで、脚本の三谷も古畑に「本当は最終回に持ってこようと思っていた」と語らせたほど。ファンの予想を裏切る見事なお約束破りの回だった。

古畑が推理を間違える!

 2本目に紹介したいのは、歌舞伎役者・澤村藤十郎が出演した1996年放送の2ndシーズン「動機の鑑定」。毎回、鋭い推理で犯人の仕掛けたトリック、動機まで見事に暴いていく古畑だが、「動機の鑑定」では、珍しく推理を誤るシーンが出てくる。

 古美術商・春峯堂の主人(澤村)は、美術館館長・永井(角野卓造)と結託し、美術館が所有する「慶長の壷」を自らの鑑定で国宝に仕立てあげ、さらなる金儲けを狙っていた。ところがその壺は人間国宝の陶芸家・川北百漢(夢路いとし)が本物の慶長の壷を手に入れた後にわざわざ作った贋作で、春峯堂と永井に掴ませたものだった。川北はそのことを春峯堂の企みとともに新聞社にリークし、彼を業界から抹殺するつもりだったが、そのことを知った春峯堂は永井と結託して川北を殺害。その後、古畑に追い詰められた永井が弱気になり、自首を切り出すと、春峯堂は咄嗟に本物と贋作の「慶弔の壺」のうち、あろうことか本物の方で永井を殴って殺害し、壺も壊してしまう。

 春峯堂のアリバイの穴を突き、永井殺害と川北殺害への関与まで自白に追い込んだ古畑。
しかし、彼にとって最後まで謎だったのが、なぜ贋作でなく真作で永井を殴ったのか、という疑問。古畑は春峯堂が誤って真作で殴ったと推理し、「あなたの目利きは最悪です!」とこき下ろすが、春峯堂は「あなた、1つ間違いを犯してますよ」とこれをあっさり否定する。彼はどちらが真作なのか分かっていた、というのだ。

 「要は何が大事で何が大事でないかということです。なるほど、慶長の壷には確かに歴史があります。しかし裏を返せばただの古い壷です。それにひきかえていま1つは現代最高の陶芸家が焼いた壺です。私1人を陥れるために、私1人のために、川北百漢はあの壺を焼いたんです。それを考えれば、どちらを犠牲にするかは…物の価値というのはそういうものなんですよ」。古美術商ではなく、一陶芸ファンとしての狂気に近接する思いに、少しゾワッとする。

 古畑に一本取られた、という表情をさせて、殺人を自供したのにまるで勝ち誇ったかのように優雅なたたずまいで連行されていく春風堂。春峯堂=澤村は、本作が現代劇初出演で、その後もほとんど出演していないが、記憶に残る犯人役だった。


最後にして最大のお約束破り!

 そして最後に紹介したいのは、2006年の正月に3夜連続で放送された『古畑任三郎』ファイナルの1作目「今、甦る死」だ。藤原竜也と石坂浩二という新旧のスター俳優を迎えた本作では、「ファイナル」の名にふさわしい“お約束破り”が展開される。

 15年前に当主・幾三が謎の失踪を遂げた鬼切村の名家・堀部家。現当主の幾三の義弟・伍平が熊に襲われ死亡し、幾三の長男・大吉(千葉哲也)が跡を継ぐことに。ところが、裏山の売却を巡り弟・音弥(藤原)と衝突。そんなある日、音弥は恩師の郷土資料館館長・天馬恭介(石坂)に資料の整理を依頼され、小学生の頃に自分が書いた自由研究ノートを発見する。そのテーマは「完全犯罪」。音弥はノートに書かれたトリックを実行し、大吉を殺害する。堀部家の跡を継いだ音弥だったが、古畑に徐々に追い詰められていき、最後は猟銃の暴発によって彼自身も命を落とす。

 「犯人の死」も、実は『古畑』では稀なケースだが、それ以上に本作最大の“お約束破り”は、音弥の裏に“真犯人”が存在したということ。実は音弥を大吉殺害に向かわせたのは、裏山を売却されると15年前のある犯罪がバレてしまうと恐れた天馬だった。教え子の音弥の性格を知り尽くしていた天馬は、音弥本人も気づかないうちに彼を巧みに誘導して殺人を実行させ、さらにその音弥も暴発という“事故”によってこの世から葬り去る「完全犯罪」を成し遂げたのだった。


 もちろん、それまでのシリーズでも「真犯人」として語られるゲストは存在した。しかし前述したとおり、『古畑』は「倒叙」の形式のため、あくまでもそれは作中人物にとっての「真犯人」に過ぎなかった。しかし「今、甦る死」に登場する天馬は、視聴者にとって初登場した「真犯人」だった。40話目にして、「倒叙もの」というお約束を破る、多くのファンの度肝を抜いた最後にして最大のお約束破りだった。(文:前田祐介)

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