大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK総合ほか)や映画『爆弾』、現在放送中の金曜ドラマ『田鎖ブラザーズ』(TBS系/毎週金曜22時)など途切れることなく話題作への出演を重ね、どのような作品でも“その世界の住人”として存在する俳優、染谷将太。現役医師作家・久坂部羊による衝撃作を映画化した『廃用身』では、患者の幸福と合理性を追い求めるあまり、危うい領域へと踏み込んでいく孤高の医師を怪演。

見る者の心を大いにざわつかせながら、映画の中へと強く引き込んでいく。本作のように難役を任されることも多い染谷が、「どういった役をやりたいというのはあまりなく、どんな役が届くのか楽しみ」と俳優としてのスタンスを語った。

【写真】染谷将太のミステリアスな雰囲気が漂う撮り下ろし(全5枚)

■漆原院長を「演じる恐怖に襲われた」

 あるデイケアクリニックに通うお年寄りの間で、院長の漆原糾(染谷)による“画期的な治療”が密かに広まり始める。「身も心も軽くなった」「活気が戻った」という好ましい副作用を耳にした編集者の矢倉俊太郎(北村有起哉)は、その治療法に共鳴。老齢期医療に革命を起こすべく、漆原に治療に関する手記の執筆を持ちかける。しかし“画期的な治療”に関する内部告発が、週刊誌に流出し、状況が一変していく――。

 タイトルとなる“廃用身”とは、麻痺(まひ)などにより、回復見込みがない手脚のこと。染谷演じる漆原が考案するのは、介護負担の軽減を目的に、“老人の不要な手脚を切り落とす”という治療法だ。漆原の考えや、彼のたどる道のり、超高齢化社会に投げかける問いなど、全てが強烈。本作のオファーを振り返った染谷は、「主人公を演じる恐怖に襲われた」と覚悟を要する役柄だったと告白する。

 「映画というのは、社会に影響を及ぼすものです。脚本を読んで、映画の倫理観を問われかねない作品だと思いました。
そのことに対する恐怖や、ザワザワする気持ちがありました」と明かしつつ、それでも出演を決めた理由について、「原作もすばらしく、20年後、30年後に見返しても、とても意味のある作品になるのではないかと思えた」ときっぱり。

 加えて吉田光希監督とは「高校生の頃に出会っている」そうで、「吉田監督の過去作も大好きで、いつかご一緒したいと思っていました。オファーをいただき、素直にとてもうれしかったです。最近はたいてい、台本がデータで送られてくるのですが、本作は製本された状態の準備稿が届いて。すごく熱量を感じましたし、吉田監督と一緒にこの作品に挑めるのであれば、安心してチャレンジできると思いました」と監督への信頼感が、染谷の背中を押した。

 染谷は「やらせてください。よろしくお願いします」という言葉を、「吉田監督に直接伝えたかった」と回顧。「監督の企画意図や、自分が本作をやりたいと思った理由など、顔を合わせて直接お話しさせていただいて。そこで監督と握手をしたんですが、その瞬間から不安はありませんでした」と力強く語る。

■本作を見たあなたの感想は?

 漆原が提唱する「Aケア」は、動かない手脚であれば切ってしまえば良いという治療法だ。その方が当人や家族、介護人にとっても、コスパの良い介護になるのでは…という驚くべき発想だった。しかし彼が「Aケア」について誠実に語る姿を目にしていると、見る者も「これは残酷なのか? むしろ理にかなっているのか?」と価値観を揺さぶられる。
その危うさこそが恐ろしくもあり、本作の大きな醍醐味と言える。

 観客にとって忘れ難いキャラクターを演じきった染谷は、「『これが誠実だ』と思って、突き進んでいる」と漆原について分析。「猟奇性やサイコパスじみているということではなく、本当に社会のために尽くしたいという気持ちを持っている」とキャラクターの思いを推しはかる。

 だからこそ演じる上では、「善意を持って、『Aケア』という手法を社会に布教したい。そういった気持ちをブレずに、表現すれば良いと思っていました」と漆原の真っすぐな気持ちに注目したという。「本作における漆原のセリフは、大半が『Aケア』について語るものです。僕は現場にお芝居をしに行っているというよりは、もはや目の前にいる人たちに『Aケア』を布教しに行っているようでした。そこには説得力が必要で、隙があってはいけない。監督からは『これは良い治療法なんだと思わせてほしい』とお話があり、相手に有無を言わせないような姿勢を意識していました」と役作りを振り返る。

 染谷が「監督の切り口がとても鋭い。漆原に関しても、良い人なのか、悪い人なのか、曖昧に見えるような切り取り方をしていて、そういった映画表現もステキです。カット割や撮り方も、キレキレなんですよ」とほれ込んでいるように、エンタメとして秀逸。
さらに介護や医療という社会的テーマが浮き彫りとなる本作を通して、染谷は映画の力を実感することもあったという。

 「見ていただけたら、いろいろな感想が飛び交うと思います。『面白い』という人もいれば、『自分には合わない』と嫌悪感を持つ人もいるかもしれない。そうやって意見や感想が飛び交うことに意味があり、僕は映画ってそうあるべきだと思っています。日本では、高齢化社会についてフィクションとして究極に描き切っている映画も、そんなに多くはないと思います。こういった映画が生まれ、この先に見てもらえるものとして残り続けていくことは、とても大事なこと」としみじみと語り、染谷自身も「2055年の日本では、75歳以上の高齢者が人口の25%を超えるそうです。『これからどうなるんだろう』という漠然とした不安が、『その時代がすぐに来る』という実感に変わりました」と価値観に変化があった様子だ。

■俳優・染谷将太が生まれた原点

 7歳で芸能界入りした染谷は、9歳の時に『STACY』で映画初出演を果たした。『ヒミズ』では第68回ヴェネツィア国際映画祭のマルチェロ・マストロヤンニ賞(最優秀新人俳優賞)を受賞するなど、世界的に評価される実力派俳優として圧倒的な存在感を放っている。全身から映画愛を感じられる俳優だが、映画の力を実感した原点は、“ジャッキー・チェン”だという。

 「自分の人生の元をたどると、ジャッキー・チェンをきっかけに、映画が好きになって。その流れで、この仕事をずっと続けているんです」と目尻を下げ、「そういったことからも、“映画には、誰かの人生を変える力がある”と実感しています」とにっこり。
「配信で映画を見られるようになって、映画館でかからないものが増えていったり、映画館が少なくなっていくからこそ、より映画の大切さ、面白みを再確認していける時代」だと愛情を傾ける。

 油がのった、33歳。「精神的な部分で年齢を重ねている感覚がないので、『何歳ですか?』と聞かれても、すぐに答えられないんですよね。自分の年齢を忘れちゃうんです。気分的には、22歳くらいで止まっています」と笑いつつ、理想の老後について「良い景色を眺めながら、のほほんとしていたいですね。自分のペースで仕事をし続けられていたら、最高です」と希望。

 染谷のこれまでの出演作を眺めてみてもその数に驚くばかりだが、役者業を邁進(まいしん)するうえで「どういった役をやりたい」という意志よりも、「どんな役が届くのか」が楽しみなのだとか。『空海 -KU‐KAI- 美しき王妃の謎』では、チェン・カイコー監督のもと偉大な僧侶・空海を演じた染谷。「現場で緊張しそうな時は、リラックスするために空海でやっていたお芝居を思い出したり、空海や仏教について勉強したことをヒントにしています」と想像の限界を踏み越えてくるような役柄から、新たな考えや刺激をもらうこともあると話す。

 「ありがたいことに、自分の想像を超えてくる役をいただくことが多くて。それは本当に役者冥利に尽きますし、演じていてもものすごく楽しいんです。企画書をいただくと、『えぇ! 嘘でしょう!?』とびっくりするようなものがよく届く。
『廃用身』の台本を開いた時も、誰がこんな話、こんな役を想像できるのだろうかと思いました。そこにやりがいを感じ、現場でもとても楽しく過ごさせてもらいました」と充実感に浸っていた。(取材・文:成田おり枝 写真:米玉利朋子[G.P.FLAG inc])

 映画『廃用身』は、5月15日より全国公開。

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