米政府系のラジオ・フリー・アジアは5日、北朝鮮当局が「交通事故防止月間」として車両の取り締まりを強化していると伝えた。免許証や整備証明の確認に加え、前照灯、方向指示器、ブレーキ、排ガスの状態に至るまで細かく調べているという。

だが、その実態は安全確保というより、現場の安全員(警察官)による“恐喝のネタ”になっているとの証言が相次ぐ。運転手に難癖をつけ、現金やガソリンを差し出せば見逃す――そんな腐敗が横行しているというのだ。

もっとも、こうした強権的な検問の背景には、北朝鮮の深刻な交通事情もあるとみられる。首都・平壌の道路は広いが信号の整備は遅れており、交差点では女性交通整理員の手信号に頼る場面も珍しくない。夜間照明は乏しく、冬は路面凍結も多い。一方で市場経済の浸透に伴い、中古車やオートバイ、物流用トラックが急増。整備不良車も多く、「走る凶器」が街を行き交う状況だ。

そこへ加わるのが特権階級の“無法運転”である。消息筋によれば、高級幹部や治安機関、軍幹部の車列は赤信号無視、逆走、高速走行が常態化。酒席の後にそのまま移動するケースも少なくない。道路交通法より権力が優先される社会では、事故の危険はむしろ権力者ほど高い。

実際、北朝鮮では「交通事故死」と発表された大物幹部が後を絶たない。

南北対話の窓口を担った金養建は2015年末に平壌市内で交通事故死。党組織指導部の実力者・李済剛も2010年に事故死とされた。いずれも権力中枢にいた人物だけに、「粛清隠しではないか」との観測が流れたが、一方で北朝鮮の危険な道路事情を考えれば、本当に事故だった可能性も否定できない。

ただ一人、この“魔の道路”から完全に隔絶された人物がいる。金正恩総書記だ。

乗り物好きで自ら運転することも珍しくないが、移動ルートは事前に封鎖され、沿道は警護部隊が完全制圧。一般車両はもちろん歩行者まで排除される。専用列車や防弾仕様の高級車が使われ、事故の入り込む余地はほぼない。

最高幹部たちが命懸けで走る危険な道路。その頂点に立つ最高指導者だけが、唯一“安全圏”にいる――。北朝鮮の交通事情は、この国の権力構造そのものを映し出していると言えるかもしれない。

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