『週刊ダイヤモンド編集部』7月31日号の第1特集は「郵政消滅 郵便局国有化 ゆうちょ・かんぽ解散!」です。郵便局長・局員による詐欺・横領やかんぽ生命の不正販売など不祥事が多発しており、経営は信頼の回復に躍起になっています。

ダイヤモンド編集部では、日本郵政の社員40万人に向けられた「内部マニュアル」を独占入手しました。それによれば、世間の常識とかけ離れた「コンプライアンス指導」がなされている実態が明らかになりました。(ダイヤモンド編集部 山本輝、浅島亮子)

100ページ超に及ぶ「コンプラ・ハンドブック」
会社本位の姿勢が鮮明に

 ここに一冊の内部資料がある。

「コンプライアンス・ハンドブック」。その名の通り、「コンプライアンスを実現するための具体的な手引書」として郵便局の社員などに配布される、研修用のマニュアルだ。

 日本郵政グループでは社員による不祥事が乱発している。地に堕ちた信頼を回復するため、コンプライアンス意識の徹底は最重要課題だ。しかし、経営が社員を全く信用していない“社員性悪説”に立ってマニュアルが作成されているため、その中身が世間の常識とは完全にずれている。

 まず、のっけから強調されるのが「部内犯罪」の防止についてだ。

 確かに現金の着服や私的流用、郵便物の廃棄などは犯罪行為だ。ハンドブックでは、そうした不正は「1億円の減収になる」とご丁寧に図版付きで、経営にもたらすダメージを解説。「あなた(社員)にその1億円を補填できるわけもないから不正はやめましょう」と半ば脅しているようなものだ。

 さらにページをめくると、犯罪を行った者は懲戒解雇で退職手当を失うことになると、やはり“脅して”いる。勤続38年の郵便局課長のモデルケースでは、2300万円もの退職金を失うという“悲劇の末路”が示されている。

 会社の損害になることを強く訴え、自身にも金銭的な不利益が生じることを説く――。禁止行為の単純な説明にとどまらず、こうしたデメリットを強調して威圧的に取り締まろうとする姿勢は、まるで社員を「性悪」と決め付けているかのようだ。

 また、長らく郵便局で問題視されてきた「自爆営業」にも自虐的に触れている。

「自爆営業」阻止にも
会社本位の姿勢がくっきり

 年賀はがきを自腹で購入した後、金券ショップで換金するといった典型的な自爆営業の醜聞はもはや周知の事実だ。

 しかしここでは、社員への負担だけではなく、経営判断を誤らせるリスクや、金券ショップに商品が大量にあふれることによる「営業へのリスク」についてもしっかりと強調されている。どこまでも会社本位の姿勢が貫かれている。

 ハラスメントの禁止については、4ページにわたる重点的な説明がなされている。

 これは当然順守すべきものであり、ハンドブックでもセクハラなど実際にあった事例を取り上げて問題点を解説している。

 だが、郵便局の関係者は「ハラスメントを指摘すると左遷されるなど、内部力学が優先された事例もあった」と言い、ハラスメントの禁止の形骸化だけでなく、組織風土というそれ以前の次元で問題を抱えている懸念さえあるのだ。

 ハンドブックには、このほか金融商品に関する順守事項や顧客情報保護に関する注意事項、内部通報制度など、多岐に及ぶ内容が100ページ超にわたって示されている。

その文章量こそ、日本郵政の課題の深刻さを物語っているともいえるだろう。

 実は、このハンドブックの冒頭には、こんな文言が記されている。

「これまでも関係規程類において、コンプライアンスとは、『法令等を遵守すること』であり、(中略)その結果、会社や一部の社員が『法令や社内のルールで禁止されていなければ問題ない』という考えから、お客さまの利益を損ない、社会からの期待よりも会社や自身の利益を優先してきたという反省があります」

 この問題点は、識者の指摘にも通じる。コンプライアンス問題に詳しい郷原信郎弁護士は、かんぽ生命保険の不適正募集問題に触れて、「法律違反ではなくても、広い意味で顧客のためになっているかという視点が欠如していたのがそもそもの要因だ。必要なのは、顧客の利益のための『コード・オブ・コンダクト』(行動規範)であり、ある種の誠実さだ」と指摘する。

 確かに、社員40万人の巨大組織の末端に至るまで、コンプライアンス意識を丁寧に浸透させるのは難しい。だからといって、会社本位のコンプライアンスを社員に一方的に求めたところで、健全な風土改革など望めるはずもない。

 まずはガバナンスの健全化も含め、経営陣や幹部陣がその範を垂れるべきだろう。

編集部おすすめ