『週刊ダイヤモンド』2015年5月30日号の第1特集「鈴木敏文の破壊と創造」の中から一部を抜粋してお届けする。消費増税もものともせず、流通業界で独り勝ちのセブン&アイ・ホールディングス。

今年1月に「地域性重視」を掲げ、全国を9ブロックに分け、組織を再編した。それには深い理由があった。

 セブン-イレブンには悩みがあった。日販(1店舗の1日当たりの平均売上高)約66万円と、競合チェーンに10万円以上の差をつけ、コンビニエンスストア業界で独り勝ちのセブン。だが、エリアごとにその数字を追っていくと、他チェーンとの差が10万円を下回る地域があったからだ。

 その地域とは関西。東京を創業の地とするセブンは、特定の地域に集中的に出店する「ドミナント戦略」を進めてきたため、関西では後発組。関西約2000店の平均日販が関東よりも低い理由について、社内では「シェアが低いため」とされてきた。

 とはいえ、関西は関東に次ぐ一大消費地である。その差をこのまま放置しておくわけにはいかなかった。2014年3月、ついに鈴木敏文会長は決断を下す。

「関東と比べて、関西のセブンは顧客に支持されていない。

関東のセブンとの差を埋めなさい」

 関西の商品作りを抜本的に立て直す、西日本プロジェクトが発足。石橋誠一郎執行役員がリーダーに抜てきされた。

 石橋氏はプライベートブランド(PB)のカップ麺「セブンゴールド 日清名店仕込みシリーズ」などのヒット商品を開発した、商品本部のエースの1人。鈴木会長は大阪に単身赴任することになる石橋氏にこう指示を出した。

「セブンの商品が、関西という地域に合っていない。市場を知り、打つ手を考え、やりたいことはスピード感を持って進めなさい」

品質を上げるため
20種以上の商品を撤去

 石橋氏はまず、各地の商店街や、老舗で人気の飲食店を回ることから始めた。「関西はどこも商店街が元気。そこにヒントがある」という鈴木会長のアドバイスがあったからだ。地元で愛されている店の商品を食べてみて、「どこもリーズナブルな価格で、おいしいものを提供している」と実感した。

 それと比べ、セブンの商品はどうか。「関西の客は商品を選ぶ“物差し”の基準が高い。こだわって商品を作っていたが、関西でセブンは他チェーンとの優位性はない」と石橋氏は痛感した。

 では、関西の商品をどうてこ入れしていくのか。普通は真っ先にオリジナル商品を作りたくなるものだが、石橋氏が選んだのは、地道な基礎の見直しからだった。

 米飯、パン、麺。商品のベースとなる食材の質を上げることに、とことん取り組んだ。

 もちろん、関東とレシピは同じで、関連するメーカーの陣容もほとんど変わらない。にもかかわらず、日々、鈴木会長が試食する緊張感の中で鍛えられた関東の“セブンクオリティ”とは、明らかに差があった。

 コメの食感が悪い。麺がぼそぼそしている。石橋氏が試食し、基準に満たない味の商品は、3ヵ月で20種類以上撤去させた。同時に、メーカーの担当者を関西の工場に呼び、炊飯などあらゆる製造工程を一つ一つ見直していった。

関西限定のざるそばや肉じゃが
伸び率で全国首位に

 地道な努力を続け、3ヵ月を過ぎたころ、商品の売り上げが伸び始めた。「関西でも、商品の質が上がってきた」と手応えを感じた石橋氏は、ようやく地域に合った商品の開発に取り掛かる。

第1弾はざるそば。麺は全国共通だが、つゆを変えた。

 関東のつゆは味が濃いが、関西は薄い。麺をつゆに軽くつけて食べる関東と、しっかりとつゆにくぐらせる関西では、ざるそばの食べ方そのものが違った。

「セブンのざるそばの理想型はこれだ、という思い込みが社内にあった」と石橋氏。関西でざるそばは売れないことがセブンでは常識とされ、CMさえ打っていなかった。だがそれは大きな間違いで、関東風の商品が地域の嗜好に合っていなかったのだ。

 つゆの味付けを変えてオーナーたちに試食をしてもらったところ、「つゆを変えてほしかったんだ」と喜びを持って迎えられた。6月下旬に販売を開始すると、低迷していた関西地区のざるそばの販売個数が、全国平均を超えた。

 次に取り組んだのはPBの肉じゃがを関西風に見直すことだった。関西で肉といえば牛肉が当たり前。だが、全国共通の商品では豚肉を使用していた。

 関西は肉の消費量も多く、とりわけ牛肉を好む食文化がある。石橋氏はそう説明しながら、関西風に変えた試作品を、自信を持って東京の試食会で披露した。しかし、一口食べた鈴木会長に「関西のお客さんは肉が好きなんだろう。これじゃあ、ジャガイモの方が多いじゃないか」と一刀両断に駄目出しをされた。

 さらなる改良と鈴木会長の試食を経て、8月に関西限定で売り出された肉じゃがは、瞬く間にヒット商品に。さらに9月には、PBの厚焼き玉子を、だしをたっぷり使っただし巻き玉子に変更。関西地区の玉子焼きの売り上げは、全国1位へと跳ね上がった。

 地元の人々の舌になじんだ味へと工夫した限定商品の効果もあって、全国17地区の中でも低迷していた関西地区の既存店日販の伸び率は急上昇。9~12月の4ヵ月連続1位に輝いた。

商品、組織、コンセプト
時代に対応してすべて見直せ

 関西がこれだけ成功を収めたのであれば、取り組みを全国へ展開したいと考えるのは自然の流れ。すぐに、社内から組織を再編したいという声が上がった。

 これが、1月に「地域性重視」を掲げ、セブンが組織再編した理由である。

一見、全国の組織を9ブロックに見直しただけにも思えるが、実はその背後にある思想そのものが大きく変化している。

 従来は、店舗数や現場でのマネジメントといった、いわばセブン側の都合で地域を分けていた。だが、今回のベースにあるのは、地域の客が好む味の違い。「地域の味に、現場の組織を合わせてくださいという、初めての試み」と石橋氏は強調する。

 さらに、これまで東京にしかいなかった商品開発の責任者も、北日本エリアを統括する仙台、東日本を統括する東京、西日本を統括する大阪と3カ所に配置。地域ごとの食文化に合わせた商品開発のスピードを加速させ、弁当や総菜などのデーリー商品については、地域対応商品の比率を将来、7割まで高める予定だという。

 1月以降、各ブロックでは、関西のように商品の品質を基礎から見直すとともに、地域の味に合わせた商品開発が次々と進められている。

 全国どこでも同じ商品を並べ、大量仕入れで調達コストを引き下げ、価格競争力を付ける。小売業の常識から外れたようにも見える今回の改革だが、鈴木会長は「かつては東京の商品が目新しかったので地方でも売れていたが、そんな時代は終わった。常にお客の立場になって考え、時代の変化に対応すればいい」とさらりと語る。

 ついには会社のコンセプトまで見直す。24時間営業は珍しいものではなくなった。

そこで、10年にコンセプトを「近くて便利」に刷新。CMや店舗の横断幕などに使う言葉を全て変更した。

 商品や組織のみならず、会社のコンセプトすら時代に合わせて変化させ続けてきたセブン。変わらないのは「変化に対応しろ」という鈴木会長の哲学だけだ。

編集部おすすめ