どうも。東方愛が高まりすぎて、少々現実を見失いつつある杉江松恋です。

前回このエキレビの軒先をお借りして初めて東方Project(以下東方)に関する文章を書いたところ、予想以上に反応があった。いただいたご意見の中で多かったのが「東方を紹介するのにまず二次創作(ニコ動の東方手書き劇場)からというのはおかしいだろ」というものだった。「体験版がネットで公開されているんだから、まずそれを紹介しろ」と。
賛成である。さまざまな二次創作を許容する懐の深さは東方の魅力の一つだが、やはり原作であるゲームをやったほうがいい。二次創作から世界に入った人も、ぜひ試してみてほしいのだ。

告白してしまうと、私は東方をやるまでシューティングゲームを苦手にしていた。ああいうものは自分より反射神経がよくて、指が1秒間に16回動く高橋名人みたいな人がやるゲームだと思っていたのである。なのに、ある日東方を知って、好きになってしまった。
東方をやることで私の人生は大きく変わった。不惑を過ぎてもう変わることなんかないと思っていたのに変わったのである。ありがとう東方。
3月13日の博麗神社例大祭は行くし、第8回東方シリーズ人気投票にも必ず参加するよ! ちなみに腋巫女一押しだ。

簡単にゲームシステムを説明する。「東方紅魔郷」は縦スクロールのシューティングゲームだ。6面まであるが、Easy/Normal/Hard/Lunaticとある難易度のうちEasyモードを選択すると6面には行けない仕様である(紅魔郷のみ。東方のwindows版の第1弾である紅魔郷は、以降の作品とシステムが異なる点が多々ある)。したがって、全面をクリアしたければNormalモードで6面までなんとか辿り着かなければならない。
しかもコンティニューなしで。コンティニューありのクリアだとバッド・エンドしか見られないのだが、ノー・コンティニューならばグッド・エンドが見られ、かつExtraステージにも行くことができるようになる。
初期設定では残機3で、1機につき3個のボムが持てる。自機のショットは敵を撃つと落ちてくる「P(パワーアイテム)」を取ることで強化されていき、フルパワーになるとその瞬間すべての弾を消すことができる。アイテムには他に、点数が増える「点」アイテムと自機が増える「1UP」アイテムがあり、一定の点数に達するたびに自機はやはり増えていく。したがっていかに点を稼ぐか、ということも、クリアのためには検討が不可欠な要素である。


と、以上でシステムの説明は終了。今までのところを読んで、なら、よーし、やってみっか、とお財布を持って同人ショップに駆け出した人が読者の1割、「えー、俺には関係ないもんねー」と心を動かされなかった人が9割と推測する。
いいでしょう。残りの9割の人は、もう少し私の話を聞いていただきたい。
私が「東方紅魔郷」をやることで何を学んだか。何が変わったか。

なお、ゲームに関して弾幕の画像が見たい人は、ZUN著『グリモワール オブ マリサ』などにまとめられているのでご覧になることをお薦めします。


#1 東方とは観察力を養うゲームだった。

シューティングゲームの初心者だった私は、最初弾を「避けていた」。しかし間に合わず、当たる。「まるで『プライベート・ライアン』のような犬死ぶりだ」と戦いの無意味さに涙し、諦めかけたそのとき、画面中央で動きを止めた自機を見て、私は知ったのである。雨あられのように降ってくる弾でも、「めったに当たらない」ということを。
これは一種の「アハ!体験」だった。
敵が撃ってくる弾にはいくつかの種類がある。「自機狙い」、「自機外し」、「固定弾」などなど。複雑に見える弾幕だが、すべてこれらのパターンの組み合わせだ。ということはつまり、無闇に動いても駄目なのである。自分が今いるのはどんな状況なのかを見抜き、「自分はいつ動かなければいけないのか」を判断する。「弾が来たから避ける」のでは、間に合わなかったのだ。東方はそうした観察力を養ってくれるとともに、軽挙妄動しない胆力を私に植えつけてくれた。ちなみに1面ボスのルーミアは、「自機狙い」の弾を少しずつ避ける「ちょん避け」の技術だけでほぼ攻略が可能だ。


#2 強がる人間が強いんじゃない。自分の弱点を知っている人間が強いんだ!

2面ボスのチルノは、序盤戦の割には強い。ボス戦は通常攻撃→スペルカード攻撃(一定時間耐えるか、ボムを使わずに倒すとボーナス点がもらえる)の繰り返しである。チルノの最初と2つ目のスペルカード「アイシクルフォール」「パーフェクトフリーズ」が、初心者にはボム無しでは抜けられない難物なのだ。どうしても反射神経が対応できずに被弾する。
最初は自分の鈍さ(と歳)を悔やんでいたのだが、そのうちに考え方を切り替えた。いくら自分を責めても、それで弱点を克服できるわけではない。それよりは弱点と判っているところは諦めて受け入れ、得意なところを伸ばすべきではないか。この考え方を受け入れ、計画的にボムを使うようになり(決めボムという)、当たり前のことだが被弾回数は減った。そして目を弾幕に慣れさせた結果、上記2つのスペルカードも抜けられるようになったのである。大事なところで「決めボム」、これ重要! 欠点をけなすよりいいところを褒めて伸ばす努力を! あ、今いいこと言った!


#3 コースのマップを頭に入れずに走り出すランナーなどいない

3面に入ると攻撃は激しくなり、どこでどの弾が飛んでくるか、というパターン化が必要な場面が増える。特に3面の道中は4面と並ぶ「稼ぎどころ」であり、この2面でしっかり点を伸ばしておかないと自機の数が足りなくなり、クリアはおぼつかないのである。
だが、この面で私はびびらされた。3面ボスの紅美鈴(ほん・めいりんと読みます)の最初のスペルカード、「彩虹の風鈴」は敵が十字型に弾を発射し、それが風車のように回転することで、画面下に弾幕シャワーが降り注ぐというものだ。これは敵の側に張り付いて「回り避け」することで回避できるのだが、初心者のころはできず、シャワーを「ちょん避け」してかわしていた。しかし弾幕の密度が濃く、すぐに被弾してしまうのである。
そこで私は、あえてNormalモードではなく、Easyモードでこの3面を練習した。難易度の低い「芳華絢爛」に慣れることで、Normalモードのそれにも対応できるようにしようと思ったのである。その練習方法は正しく、無事に3面もクリアできた。
Easyモードは初心者向けで、それをやるのはたしかに恥ずかしい。だが困難に向かおうというときに、なんの目印もなしにぶつかっていくのは愚か者のすることだ。Easyモードでまずコースのマップを書き、それを頭に入れてNormal以上のモードに挑戦するというのは、正しい課題の対処法なのではないだろうか。人生も東方も展望が大事なのである。


#4 軽はずみにリセットボタンを押すべきではない。まして人生においては

(4面以降は体験版になく、製品版でしか遊べない面だ。以降、なんの予備知識もなくゲームに向かいたい方はご用心を)
さて、4面に入ると攻撃はさらに激しさを増し、パターン化が絶対に必要になる。特にこの面のボス、パチュリー・ノーレッジはゲーム1スペルカードが豊富で、自機の種類によってそれを使い分けてくる。初心者は1~3面でボムを温存し、コンティニューしてもいいから一刻も早くこの面をクリアすべきだ。そうすれば、Practiceモードでこの面だけの練習をできるようになるからである。
ここで翻って痛感するのが、軽々しくリセットボタンを押すことの功罪だ。ゲーム初期にミスをすると、リセットをして最初からやり直したくなる。だがそれをすると、逆にクリアは遠のくのである。なぜならば、序盤戦だけを繰り返しやることになり、4面のように、本当に練習が必要な面をやる回数が減るからだ。これは人生にも応用できる教えだと思う。リセットボタンした回数だけその人は後退する。人生リセットボタンは存在しないと思ったほうがいいのだ。


#5 反復練習あるのみ。1に練習2に練習、34がなくて5に練習。

5面の十六夜咲夜はナイフの群れを投げてくる敵である。このナイフは当たり判定が大きく、ちょっとかすっただけですぐに被弾する(敵の弾の中には、見かけよりも判定が小さいものも多い)。そこで重要なのが、やはりPracticeモードの活用である。
私はこの面で最も多く練習を行った。面をいくつかのブロックに区切り、最初のブロックから自機の動きが完璧になるまで、反復練習を行ったのだ。そうすることによって場面を分け、さらに弾幕をよく見ることによって個々の困難を分割し、対処可能な課題を発見する。1ブロックを繰り返し10回。それでも駄目ならもう10回。先に進めてもおかしな動き、手癖が出てしまったら戻ってさらに反復。反復練習は、自分の弱さを克服するための、心の筋力トレーニングなのである。


#6 ご利用は計画的に。東方は自制心さえも養ってくれた。

6面、ラスボスは「お嬢様」ことレミリア・スカーレットだ。レミリアもまた多彩なスペルカード攻撃の持ち主だが、特に最後のレッドマジックは耐久を強いられる時間も長く、最初のうちはここまでボムを残しておかないと、間違いなく手詰まりになる。逆にいえば、自分はレミリアまで何個ボムを残しておけばいいか、それを知り、前段階のボム使用回数を節約することがクリアへの近道となるのだ。
 私がやったのは、攻略のための記録をつけることだった。別掲写真のような表をエクセルで作成し、プレイのたびに、どこでボムを使ったか、どこで被弾してしまったかを書き残していったのである。そうすることにより、冷静に自分の弱点を判断することができた。そして、どこで我慢をすればいいかも自然と判ってきたのである(何かに似ていると思ったが、レコーディング・ダイエットか)。弱点を自覚することが強さにつながると前に書いた。さらに弱点を可視化することで、具体的な戦略さえも見えてきたのである。そしてゲームを開始して165日目の2009年10月6日、ついに私は東方紅魔郷Normalをクリアした

以上のようなことは、東方ファンの方には当たり前の事実だろう(しかもNormalだし)。しかし、私のようにシューティングゲームのプレイ経験があまりなく、ましてや歳のせいで運動神経にも自信がなくなっているような読者には、少しでも勇気を与えることができるのではないかと自負している。東方をやることで、私は間違いなく変わった。もっとも大きかったのは、再三書いたように、自分の弱さと向き合うことができた点である。1968年の生まれの40歳(当時)、青春なんて過去のもので、成長なんてもう望むべくもない。そう思っていたときもありました。だけどやったよ! 東方が私を成長させてくれたよ!
少しでも多くの読者が同じ経験をできるよう願い、この稿を終わります。(杉江松恋)