ミッションは「赤いシャツを着た人を守れ」。ターゲットがベンチに座っているのを発見して保護すると、突如現れたゾンビの群れに取り囲まれた。
待ち伏せだ! 二丁拳銃、ショットガンを乱射する。それでも数が多すぎる。このままでは押し切られてしまう。グレネードだ! グレネードを投げろ!

これはPCやテレビの中ではなくて、現実の大学での出来事だ。ただし、銃はおもちゃでグレネードは丸めた靴下。「Humans VS. Zombies」と呼ばれる、春先にアメリカの大学でよく開催されるゲームイベントだ。英語の記事ではtag game、つまり鬼ごっこの一種と説明されていた。しかし参加者はときには1000人を超え、何日にも渡って大学の敷地全体を使って繰り広げられるアメリカらしい壮大な鬼ごっこなのだ。

ルールはカンタン。くじびきで決められた最初のゾンビが残りの人間を追いかける。ちなみにゾンビといえど、ゆっくり歩いて生前の記憶を思い出そうとする必要は無い。走ってオッケー。
みんなで相談して作戦を立てるのは当たり前。目印のバンダナを頭に巻かなきゃいけないのでちょっと目立つけど、ほとんど人間と変わらない。このままでは人間に勝ち目がないので、ゾンビ映画のように武装が許されている。ただし最初に書いたとおり、武器はスポンジの弾を撃ち出すプラスチック製のおもちゃの銃と丸めた靴下だけだ。ポコンと当てられたゾンビは15分間動けなくなるから、人間はそのうちに逃げるというわけ。

だからビジュアル面でまとめると、バンダナを頭に巻いた人たちとハデな色をしたプラスチックの銃や丸めた靴下を抱えた人たちが大学の構内で追いかけっこしているゲームということになる。

これが実際どのような絵面になるかはflickr で「humans vs. zombies」と検索してみてほしい。プレイヤーは十代後半から二十代だけど、みんな子どもみたいにイイ笑顔だ。真剣な面持ちで周囲を警戒してるところや真顔でポーズでキメてる写真もあるけど、抱えてるのが赤青黄色のプラスチックだからちっともカッコなんてつかない。いやーほんとマヌケだなーと心がなごむ。

しかし、このマヌケさには理由があった。「Humans VS. Zombies」は2005年にメリーランド州ボルチモア郊外にあるガウチャー大学で、当時学生だったブラッド・サピントンさんとクリス・ウィードさんが考案した。
最初は70人だった参加者はすぐに200名を超えて、みるみるうちに約1500名の学生が関わる人気ゲームに成長した。ところが2007年にヴァージニア工科大学で銃乱射事件が起きて、33人もの犠牲者が出た。自粛を求める声が上がった。「すぐにゲームをやめて。こんなときに銃を持って大学内を走りまわってる人なんて見たくない」しかしゲームの主催者たちは諦めなかった。ガウチャー大学では施設の管理者におもちゃの銃をプレゼントしながらただのゲームだと説明して、続ける許可を取り付けた。ワシントン州のホイットマンカレッジでは、おもちゃであっても銃の許可は下りなかったから、丸めた靴下だけを武器にしてゲームが開催された。主催者たちはゾンビのゲームがマニアックで社会的に受け入れられにくいことが分かった上で、それでも諦めずに周囲を説得する努力を続けた。(ワシントン・ポストの「Commando Performance」参照

だから「Humans VS. Zombies」には参加していない人に不安を与えないためのルールは他にもたくさんある。参加していない人には絶対にちょっかいを出してはいけない。大学の建物の中で銃を出してはいけない。そして、本物に見間違えるような銃を使ってはいけない。
このゲームは安全なんだということを示すために、マヌケでなくてはいけないのだ。

先人たちの苦労は公式サイト「Humans VS Zombies ダンジョンマスターズガイド」という名前(ボンクラはなんでもゲームにしてしまう!)で公開されていた。そのなかの「始める前に」という章の多くは大学側の説得に割かれている。大学の責任者。警備担当者。いろいろな立場の人がいる。すんなり話が通らないこともあるだろう。自分がやりたいことを他人から止められそうだったらどうするか? 最近の日本でも身近な問題だ。ガイドにはこう書いてあった。「許可を求めてはいけない。何が起きても責任を取る覚悟を決めなさい(Don't ask for permission but do accept responsibility for anything that comes up.)」

その甲斐があって「Humans VS. Zombies」は州をまたいでシカゴ、ニューヨーク、テキサスとアメリカ各地へ、さらには国境も越えてデンマーク、ブラジル、オーストラリア、イギリス、カナダ、韓国へと広がっていった。2011年4月現在、開催数は全世界で650を超えており、特にアメリカでは注釈無しでニュースに出るほどポピュラーなゲームになっている。
(tk_zombie)
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