異業種交流って、めんどくさいですよね。

今のご時世、会社の中で引きこもっていちゃいけないと、釘を刺されている人も多いはず。
でも、仲間うちで仕事を続けている方が、いろんな意味で楽なんです。業界が違うと、使う言葉が違うし、文化も違う。ちょっとしたことで、価値観の相違が生まれる。そして、どんどんタコツボ化して、ムラ社会になって、衰退していく……。

わかっちゃいるんですけどね。でも人間、楽な方に流れていくモンです、はい。


そんな中、他の業界と切り結ぶことに、一番自覚的なクリエイターが、富野由悠季監督ではないでしょうか。言わずとしれた「機動戦士ガンダム」シリーズの総監督で、他にも多数のロボットアニメを世に送り出し、社会現象を巻き起こした人物……。30-40代の男性で「ガンダム」を知らない人は、おそらく少数派でしょう。

その富野監督が、各界の第一人者と対談した内容をまとめた『ガンダム世代への提言 富野由悠季対談集1』が、このほど出版されました。「月刊ガンダムエース」2003年6月号~2006年2月号に掲載された連載を再構成したもので、以下「2」「3」と3ヶ月連続で刊行予定です。いや、刺激的です、はい。


「1」の対談は全32組。ホスピス医の森津純子さんを筆頭に、宇宙飛行士の野口聡一さん、旭山動物園前園長の小菅正夫さんと、現園長の坂東元さん、さらには元競泳選手の山本(旧姓:千葉)すずさんと、見事にばらんばらん。一方でマンガやアニメ、ゲーム業界の人間は皆無です。ついでにいうとガンダムの話も、ほとんど出てきません。

軍事アナリストの中村好寿さんには、イラク戦争における戦争の質的変化について。岡谷市照光寺住職の宮坂宥洪さんには仏教における宗教観について。
と思いきや、モデル・アーティストの土屋アンナさんには、女性と子育てについて。天下国家から人間の生き方まで、縦横無尽に展開されていきます。

んでもって富野監督、対談相手それぞれに対して、ホントに真摯な姿勢で臨んでいくんです。著作などを読み込み、下調べを入念にして、相手の言葉を巧みに引き出していく様は、映画監督というよりも、ジャーナリストといった印象。ここまで多種多様な業界の人と、真っ正面から切り結べる人は、なかなかいないんじゃないでしょうか。

「まず、一番基本的なことを教えてください。
活弁士って一体何なんですか?」(山崎バニラさんとの対談)。こんなふうに、ほとんどの対談は「自分は無知である」という前置きで始まります。「こんなことまで聞いて、馬鹿だと思われるんじゃないか」なんて、余計な見栄は一切なし。これ、ジャーナリストに一番大切なことなんです。

でも、相手の返事に対して的確に相づちを打ちながら、読者の知的好奇心を満たすことも忘れずに、対談のテーマに誘導していく。そのためには資料の読み込みをはじめ、相当な勉強が必要です。
そもそも、ホントに対象に無知な時は、何がわからないかすら、わからないですからね。僕も技術系の取材で良く経験してますです、はい。

そのうえで取材と異なるのは、相手の思想を広く一般に伝えるのではなく、まず社会に対する問題意識と仮説があって、それを検証するために、さまざまな質問を投げかけていること。そして相手から返ってきたメッセージを自分の中で熟成させて、作品作りに生かしていること。その上で対談としても、きちんと成立させている! さすが演出家です。

本書で一貫して流れるテーマは「身体性の喪失」です。
都市化の進展と娯楽の多様化に伴い、実際に体を動かして何かをした経験のある子どもが、どんどん減っている。監督自らも「ガンダム」で、その一翼を担ってきただけに、そこから発せられる警鐘には重みがあります。

一見すると散漫なように思えるトピックも、富野監督の視線という、しっかりした横串で力強く貫かれている。そして読み進めていくうちに、それぞれの対談がピースとなって、ジグソーパズルのように、頭の中ではめ込まれていくんです。そして大きな絵ができあがっていきます。

僕も一回だけ対談誌の編集に係わったことがありますが、その時にホスト役の方から、後書きで「さまざまな人との対談を通して、自分のいろんな部分が引き出されていくようで、刺激的だった」という旨のコメントを寄せて頂きました。おそらく監督も、同じようなことを感じられたんじゃないかなあ。

興味深かったのは、劇団誠の座長であり、自身もテレビ・映画などで俳優として活躍されている、松井誠さんとの対談。ハリウッド映画でCGがブームになるなど、実写映画ですらアニメ的になる中で、芝居の身体性について、熱く語り合っています。人に感動を与えられるのは、結局は人でしかない。二人の表現者が共に、水を得た魚のようです。

また、夜回り先生こと水谷修さんには、「善の欠如が悪であるとすれば、納得できるでしょ」と言われて、膝を打つ。チャイルド・ライフ・スペシャリストの藤井あけみさんには、「患者がワガママになるのは、その子が充分に大切にされていないからです」と聞かされ、「なるほどねぇ」と感心する。富野監督を唸らせる対談、興味ありませんか?

富野監督のキャリアは虫プロダクション時代、アニメ「鉄腕アトム」の演出から始まっています。「アトム」といえば手塚治虫さんの代表作。そして手塚治虫さんといえば、「いい漫画を描きたいなら漫画を見るな。一流の映画、音楽、小説で勉強しろ」と、若い漫画家にハッパをかけたと言われています。

一流と言われるクリエイターは皆、この姿勢を保持しています。でもね、富野監督は1941年生まれで、今年70歳ですよ。にもかかわらず、ここまで「世間様」に対して自分をさらし、貪欲に何かを得ようとしている様には脱帽です。そんじょそこらの30~40代より、ずっと精神年齢が若いですって。今や若手から中堅になりつつある「ガンダム世代」だからこそ、ホント見習いたいですよね。

ちなみに、そんな富野監督が悩める若者の人生相談を行う「富野に訊け!!」も好評発売中。対談集が「入力」側なら、本書は「出力」側。当たり前のことが、当たり前のように、舌鋒鋭く回答されています。「ちゃんとした大人」がいてくれて良かったと思える一冊です。本シリーズとあわせてどうぞ。
(小野憲史)