赤とピンクのグッズで覆い尽くされた部屋の中央で、全身を赤とピンクに彩ったひとが、メモをとるこちらの指先をじーっと見ている。今風に言うなら“ロリータファッション”ということになるのだろうけれど、こちらを見つめているその顔は、少女のそれではない。
わたしはいま、不思議な状況におかれている──。

君は原宿の歩行者天国や中野あたりの路上で、真っ赤なフリフリのドレスを着た中年男性を見かけたことはないだろうか?
茶色いカーリーヘアーは見るからにカツラ。銀の丸メガネの奥に光る目には、ドばっちりのアイライン。背中にはピンクのランドセル。けっこう堅太りした体躯でありながら、ランドセルのサイズが子供用なので、肩にかけたベルトはギッチギチに締まり、図らずもボンデージみたいになっちゃっている。
ずいぶん、トウのたった竹の子族だなあ、なんて思っていると、それは大きな間違いだ。胸につけた名札(ドリフの小学校コントみたいにでっかいヤツ!)には、「東京原宿キャンディ・ミルキィ」と書いてある。
そう、その人物こそ、都内各地に出没しては数々の目撃証言を残している、キャンディ・キャンディおじさんこと、キャンディミルキィさん(以下、キャンディさん)なのだ。

『キャンディ・キャンディ』(原作:水木杏子、作画:いがらしゆみこ)とは、1975年から「なかよし」誌上にて連載され、翌年の1976年から約3年間にわたってアニメ化もされた、当時の少女たちに絶大な人気を誇った作品である。
その主人公、キャンディス・ホワイト・アードレーに成りきって活動しているキャンディさんは、もちろん『キャンディ・キャンディ』の熱烈なファンだ。これだけの格好をしておいて『あさりちゃん』のファンだったりしたら、それはそれで逆に感心してしまうが、まあ、そんな心配はいらない。

キャンディさんは、『キャンディ・キャンディ』グッズの熱心なコレクターでもある。
そんな彼のコレクションが、10月8日から10日まで川崎大師そばの若宮八幡宮、金山神社で展示されていると聞いた。題して「第五回 キャンディ・キャンディ コレクション展」。コレクターのコレクション展示、というものに滅法弱いわたしは、さっそく現地まで見にいってきた。今回の原稿でいったい何回「キャンディ」と書くことになるのか不安になりながら……。

そしていま、目の前にキャンディさんご本人が、ちんまりと座っておられるのである。

──いや、すごいコレクションでした。全部で500点ほどあるとのことですが、どれも保存状態がいいし、解説の文章もとても丁寧に書かれていて、『キャンディ・キャンディ』に対する並々ならぬ熱意を感じました。これほどのコレクターは他にいないでしょうねえ。
キャンディ いや、わたしはコレクターではないのです。 
──えっ? これだけ集めておいていまさら何を(笑)。
キャンディ わたしは『キャンディ・キャンディ』という作品が好きなことはまちがいないですが、コレクターは集めることが目的です。でも、わたしの場合、このコレクションは“手段”であって、目的じゃないんです。

──手段ですか。それはなんのための?
キャンディ 『キャンディ・キャンディ』を復活させるためです。
──復活……。そういえば、何年か前にニュースで見たことがあります。『キャンディ・キャンディ』は原作者の先生同士が著作権でモメて、再放送や原作の復刊がむずしくなっているって。
キャンデイ 当時はまだ著作権に対する認識がしっかりしていなかったからというのもあるんですが、ある事件をきっかけに、原作(原案)の一次著作権は水木先生だけのものであると認められて、漫画化されたものは水木先生と作画のいがらし先生お二人の著作権である、となった。すると、活字だけの『キャンディ・キャンディ』の本は水木先生の許諾だけで出版できるけれど、漫画やアニメの本は両者の許諾がないと出せない。つまり、イラストだけの本やグッズでも『キャンディ・キャンディ』を名乗る以上は、いがらし先生の許諾だけでなく水木先生の許諾も必要になるんです。
──それは、いがらし先生は納得いかないでしょう。
キャンディ それでいろいろコジれちゃってねえ……。女の意地、と言ったら言葉は悪いけど、そんなことがあって、いまは『キャンディ・キャンディ』という作品そのものが封印されたような状態になっているわけです。
──なんてもったいない!
キャンディ もったいないですよー。
『キャンディ・キャンディ』は少女漫画でありながら、人間の生と死を描き、ときには戦場さえも舞台になる。恋愛はもちろん、友情、いじめ、家族、貧しさといった、子供が成長するときに必要な栄養がたっぷり含まれていたりもする。海外での評価も高く、日本の漫画が世界に出ていく先駆けとなった作品なんですよ!
──そんな素晴らしい作品が封印されて、新しいファンを獲得する機会を失っている。
キャンディ だからわたしはこういう格好をしているし、こんな展示会をやっているんです。

キャンディさんは、こうした展示会を3年前から継続してやってきた。第1回目は2008年10月。キャンディさんのお部屋を再現しちゃおうというコンセプトで、「キャンディ・ミルキィのコレクションルーム」と題する展示会を秋葉原で開催した。その次は2009年の10月。茨城県にある鉾田市立図書館の展示室を借り、イベント名を『キャンディ・キャンディ・コレクション展』と変更して開催。
お好み焼き屋さんの一角を借りて展示したこともある。大田区の蒲田にある店で、ボックス席のうち使っていないひとつを貸してもらい、キャンディ・グッズを並べていった。テーブルは油でギトギトなので、ビニールシートをかけて保護したという。
このときはなぜかテレビの「ミヤネ屋」が取材に来たり、官能作家として知られる睦月影郎氏も見に来たという。
そうした縁もあり、昨年9月には神奈川県藤沢市で睦月影郎氏の経営する喫茶店「睦月堂」で、4度目の展示をおこなうことができた。そして今回、若宮八幡宮金山神社での展示が、通算五回目の「キャンディ・キャンディ・コレクション展」になるというわけだ。

すべての展示会は入場無料であり、物販もおこなっていないため、キャンディさんはこれらの活動で一切の報酬を得ていない。本業を別に持ちながら、まったくのボランティア(というか趣味?)としてこの活動を続けている。それを支えているのは、自分の愛した『キャンディ・キャンディ』を復活させたいという、強固な意志だけだ。

──キャンディさんの生き方は、とにかく『キャンディ・キャンディ』のことを知ってほしい、という想いで貫かれているんですね。
キャンディ そうじゃなきゃ、こんな格好で町をうろついたりしません(筆者註:と言いつつ、キャンディさんは女装マニアとしても有名です)。なんとか水木先生といがらし先生が和解して、もういちど『キャンディ・キャンディ』を復活させてくれればね、そこにはたいへんなビジネスチャンスが転がってるわけですよ。
──いまなら映画化やゲーム化、なんて可能性も……。
キャンディ そう! もしかしたら両先生のアニメーション学院を作ることだって夢じゃないんですよ!
──そこまでいきますか!
キャンディ そうですよ。公式の博物館だって出来るかもしれないんだ。
そうしたらこんなもの(と、展示室のコレクションを見渡しながら)全部寄付しちゃいますよ!
──うわあ!
キャンディ だって個人のコレクションなんて、自分が死んじゃったらあの世には持ってけないんだから。ちゃんとした受け皿があるなら、そっちにまかせた方がいいんですよ。
──そうかあ、キャンディさんが「自分はコレクターじゃない」とおっしゃった意味がよくわかりました。
キャンディ これはもうね、私の気持ちの中では宗教ですよ。善い悪いじゃない、信じるものに対して突き進むという。だから、わたし丹波哲郎と誕生日が同じなんです。
──はい?
キャンディ 7月17日で。彼は霊界の伝道師だけど、わたしは『キャンディ・キャンディ』の伝道師なんだ(笑)。こういう話をしてもどこも記事にしてくれないんだけど。
──エキレビ!はしますよ(笑)。ところで、両先生はキャンディさんのことはご存知なんですか?
キャンディ もう認知はされてます。だけど、胡散臭いおやじさんだなって、少しの疑いはあるみたいだね。

──少しの疑い(笑)。
キャンディ ようするに、これによって金儲けしたいんじゃないか、って思われてるみたいでね。
──だって、そのまったく逆じゃないですか。
キャンディ まあ、金儲けはしたいんだけど(笑)。でも、わたしにはそんな才能ないからさ。
──では、今後の活動の予定ですが、残念ながら今回の展示は、この原稿が掲載されるときには終わってしまっています。その次は決まっていたりするんですか?
キャンディ いや、まだ全然。なにしろこっちは予算ないからね。タダで貸してくれる会場じゃないと展示会はできないのよ。どこかいいところあったら連絡ください。って、エキレビ!で募集しといて(笑)。

そう言うと、キャンディ・ミルキイさんは12歳の笑顔で微笑んだ。
(とみさわ昭仁)
編集部おすすめ