私は学校図書館の貸し出しがカードのころに小学校時代を過ごした。
と書き出そうとして、今でも貸し出しはだいたいカードであることに気づいた。
学校図書館って、あまり進化しない場所なのです。
その学校図書館の貸し出しで特に人気があったのが、言わずとしれた江戸川乱歩の〈少年探偵団〉であり、〈名探偵ホームズ〉であり、〈怪盗ルパン〉シリーズだった。これはみんな読んだ。通過儀礼に等しいものがあったと思う。それらのシリーズは結構な冊数があるので、その気になればずっと読んでいられたのだ。
それら定番シリーズの次くらいに貸し出しされていることが多かったのが、あかね書房の〈少年少女世界推理文学全集〉だった。
前出3シリーズの表紙はどちらかといえばおどろおどろしい感じで書かれていたが、〈少年少女〉はスマート。硬質の線画が表紙絵になっているものが多く、子供心に「文化」を感じた。「推理小説」じゃなくて「推理文学」なのもいい。格調高い感じがして、ますます文化的だった。現在ミステリー作家として活躍している人に話を聞くと、このあかね書房の全集の読書体験に言及する人が多い。当然だという気がする。
みんなあの「推理文学」にやられたのだ。大人の階段を上ったつもりになってしまったのである。

森英俊・野村宏平編『少年少女昭和ミステリ美術館 表紙でみるジュニア・ミステリ』は、〈少年探偵団〉をはじめとする児童向けのミステリー、ジュニア・ミステリーやジュヴナイル・ミステリーなどとも呼ばれるジャンルの出版物をまとめて紹介する本である。
児童向けの探偵小説・冒険小説は戦前から刊行されていたが、戦後になって一気に増大した。海外作品の翻訳も進み、昭和30年代から50年代前半にかけて質量ともに充実期が訪れたのである。この流れの一部は秋元や朝日ソノラマなどのジュヴナイル文庫へと引き継がれた。
現在でいうライトノベルの源流である。本書ではそうした昭和の児童文学史の一部が紹介される。現在の若い読者にとっては一見無関係に感じられる内容かもしれないが、流れを追ってみると意外なところに行き着くことに気づくはずだ。
といっても本書は堅苦しい文学史の本に終始するわけではない。文字通り「表紙でみる」「美術館」なのである。なんといっても写真がすべてカラーなのが嬉しい。
読んだことのある本の写真を見ると、読書をしたときの記憶がつかの間甦ってくる。学校図書館で過ごした時間が再現されるかのような、くすぐったい気分を味わいながら私は読んだ。

内容は第1展示室から第4展示室までの4章に分かれている。
第1展示室「乱歩・ホームズ・ルパン 児童ミステリ界のビッグ3」は、章題を見るだけで内容が判ってしまうはずだ。冒頭に掲げた3シリーズについての章である。多くの読者は、ここで自分がよく知っているつもりでいたはずの作品についての意外な事実を告げられ、面食らうはずだ。

たとえばポプラ社の〈怪盗ルパン全集〉の中にオリジナル長篇が混じっていることを知る人は、一般の読者には少ないだろう。『ピラミッドの秘密』がそれで、原作のどこを読んでも出てこないエピソードが登場する。この小説でルパンは、古代黒人帝国ウバンギの大秘宝を求めて、ナイル川をさかのぼって冒険するのである。大ニシキヘビと死闘を繰り広げたりもする。手元に本があるので、ちょっと引用してみよう。

――ルパンは山刀をすてて拳銃をぬきだした。
つづけざまに三発を大ニシキヘビの下半身にうちこんだ。それが背骨をうちくだいたらしく、大ヘビはずるずると枝からおちて土人(原文ママ)をふりほどいて長くのびてのたうちまわった。

ニシキヘビの下半身ってどこだ、とかそういう問題ではなく、この場面自体が秘境冒険小説で人気を博した南洋一郎のオリジナルなのである。〈怪盗ルパン全集〉は近年になって文庫化されているが『ピラミッドの秘密』は収録されていない。
自由奔放な翻訳は南洋一郎版のルパンだけではなく、冒険作家・山中峯太郎が手がけた〈名探偵ホームズ全集〉も相当なものだったらしい。今手元に現物がないので編者の野村宏平を信用して書くが、この全集ではホームズが「根っからの負けぎらいで、あきれるほどの大食漢」として描かれているそうなのである。当時の子供たちにはまだなじみが薄かった英国人のキャラクターをわかりやすく紹介するための方便だったのだろう。現在ではあまり見られない自由な翻訳(ルパンの場合は翻案といってもいい)が、外国小説の紹介に一役買ったのである。
江戸川乱歩の〈少年探偵団〉シリーズはさすがに翻訳ものほどの脱線はないが、それでも紹介されている事実には発見が多い。
本書の表紙を飾っているのは光文社全集版の『青銅の魔人』である(最初からポプラ社で全集を出していたと思っている人も多いと思うが、光文社が最初なのだ)。『青銅の魔人』は戦後初めて乱歩が書いた〈少年探偵団〉ものである。松野一夫が描いた表紙を見ると、小林少年の髪型はクリクリの坊主頭だ。乱歩が『青銅の魔人』を発表したのが1949年、この全集に収められたのが1958年。時代の色が折々の表紙画には反映されているのだ。

第2展示室「世界の名作・日本の名作 少年少女ミステリ全集」では冒頭で触れたあかね書房の全集をはじめ、さまざまな叢書がとりあげられている。比較して見ると、あかね書房の全集が当時としては(いや、今でも)相当垢抜けた装丁であったことが判る。ゲストエッセイを寄稿している、恩田陸の文章を引用する。

――表紙に、見返しに口絵に、いかにもダークでぞくぞくする物語への予感が滲み出ていた。なんといっても、ページを開いた時の字面からして独特の雰囲気があった。乾いた神秘的な空気。図書室で本を開いていても、フィルム・ノワールを見ているような、海外にいるような気分になれたのだ。

これだけの興奮・期待感を、「本を手に取るだけで」醸し出してくれる叢書は珍しい。児童向けに限らず、大人向けの本に広げても稀だろう。昭和のあのころに海外ミステリーの魅力にとりつかれた読者が続出したのは、良書が多く紹介されたという事情もさることながら、こうした本自体の持つ魔力のせいでもあったはずだ。同じような叢書がもし今あれば、とついつい夢想してしまう。

あとは駆け足で。第3展示室「ジュニア・ミステリの名匠たち」は児童向けミステリーを多く書いた作家たちの列伝だ。詩人の西條八十や、時代小説で知られる柴田錬三郎も、この分野では有力な作家だった。若い読者は、横溝正史に意外と児童向けの作品が多いことに驚かれるかもしれない。たくさんあるんですよ。この章に、前出の秋元文庫や朝日ソノラマ文庫の話題が出てくる。
第4展示室「付録・ガイド本の世界」は雑誌などの付録として供された文庫サイズの本を中心に、ひところはよく刊行されていた児童向けのミステリーガイド本についての言及もある。ガイド本は現在では廃れかけた文化なので、この部分だけを拡大した本というのも読んでみたい気がする。昔はそういうガイド本で「名探偵」の名前を知ったものだが、今の子供たちは『名探偵コナン』で知るのである(各巻に名探偵紹介のコーナーがあるのだ)。
私は本読みとして、身体の何割かを「ミステリー」というパーツで作ってもらったという実感がある。もちろん、いろいろなジャンルをつまみ食いし、おいしいものばかりをいただいてきたという記憶はある。だが身体を支える骨の何本かは、あかね書房の全集のような、優れた児童向けミステリーに作ってもらったものであるはずだ。
そのことに感謝しつつ、本書を推薦する。懐古の情だけではない。新しい読者もここから得るものがあるはずと信じるからである。どきどきしながら学校図書館で時を過ごしたことのある、すべての読者に。(杉江松恋)