声優の浅野真澄として活躍しながら、2005年に初エッセイ集『ひだまりゼリー』を発表。その2年後には、職業を隠して応募した小学館の「おひさま絵本童話大賞」で、1429作品の中から最優秀賞に選ばれた、あさのますみさん
全3回でお届けするロングインタビューの第2回は、受賞作『ちいさなボタン、プッチ』執筆後のお話から伺っていきます。
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●「やっぱり一番高いのが良いなって」

――せっかく書いたお話なのに、人に見せるのを躊躇したのは、『ひだまりゼリー』があまり売れなかったトラウマもあったのでは?
あさの それもありましたね。エッセイを書いた時に、ものをゼロから作ることの難しさがよく分かったので。でも、1、2か月くらいして、何かの機会で絵本の原稿を読み返した時、そんなに卑下するほどでもないかなと思い直して。どこかのコンテストに出してみるのも良いかなって。でも、絶対に“声優の浅野真澄”だと分からないように出そうと思いました。

――応募先に「おひさま絵本童話大賞」を選んだ経緯も、文庫版『ひだまりゼリー』のあとがきに書かれているのですが。エッセイと同じように真摯な思いを綴る文章が続く中、「賞金額が一番多いものを選びました」と書かれているのに、思わず笑いました。僕がラジオなどで知っている“浅野真澄さん”らしいなと(笑)。
あさの 絵本って、実は、たくさんコンテストがあって。副賞も、記念品、5万円、10万円、30万円、50万円と、コンテストによってまちまちなんです。それなら、やっぱり一番高いのが良いなって思うじゃないですか(笑)。

――ところが、受賞しても、絵本作家としてすぐにデビューできるわけではなく。絵本業界については、驚いたことも多かったそうですが。
あさの はい、いっぱいありました。例えば、「最も人気のある画家さんに絵を描いてもらうには、10年くらい待つこともあるんです」って話を最初に聞いて。冗談かなと思ってたら、本当だったり。ほかにも、絵本の文章ならではのルールがあったりと、分からないことだらけで。
あと、絵本の初版部数とかも全然知らなかったのですが、かなりシビアな数字なんです。絵本作家の仕事だけで食べていける人は、100人いるかいないかだ、という話を聞いて、また衝撃を(笑)。
――声優さんも、すごく競争の激しいお仕事ですよね。
あさの はい、そうですね。
――そこから、もう一つ新しい道が開けたと思ったら、そっちもシビアだった、というショックは?
あさの ありましたね! すっごく、ありました(笑)。でも、世の中、楽な道なんてないんだなと思い直して。
そこからは、絵本を毎月100冊読んだり、絵本作家のための勉強会に通ったりしました。

●「笑っちゃうような作品が作りたい」

――そんな勉強の成果を最初にぶつけたのが、2009年に発売された『ぼくんちに、マツイヒデキ!?』ですか?
あさの いえ、書いた順番でいえば、今年の1月に出た『おなかのなかの、なかのなか』の方が先です。この作品を書いて、学研さんに持ち込みに行ったんですよ。これも、受賞をした後に知って驚いた事なんですが、絵本って、基本的に持ち込みをしないと形にならないんです。
――新人賞を受賞しても、執筆依頼などは来ないんですか?
あさの ま~~~~~~~~~~ったく、何も無いんです!
――うわー、実感がこもってる(笑)。
あさの 賞を一つ取ったくらいでは、歯牙にもかけられないというか。
それで、勉強会の先生の新年会で、学研の編集者さんと知り会えたので、『おなかのなかの、なかのなか』のお話を持ち込みして、読んでもらいました。
――『おなかのなかの、なかのなか』は、食いしん坊のネズミが猫に飲み込まれ。さらに、その猫が……という非常にコミカルな展開のお話ですね。この物語は、どういったところから発想されたのですか?
あさの 『プッチ』はどちらかというとほのぼのとした女の子よりのお話だったので、今度は男の子でも女の子でも、読みながら笑っちゃうような作品が作りたいなと思いました。発想の元になったのは……。子供の頃って、虫歯になったら、口の中に虫歯菌が「わーー!」ってやって来る様子とかを想像するじゃないですか。
そんな感じで、お腹が空いた時に「お腹の虫が~」とか言うのも、子供の頃には、お腹の中に何かがいるような気がしていたんですね。そのことを思い出して、そこから考えていきました。

●「松井さんをもっと身近に感じられる作品」

――『おなかのなかの、なかのなか』は、こうして絵本になっているので、持ち込みが成功したということですよね。では、『ぼくんちに、マツイヒデキ!?』はどういった経緯で?
あさの 持ち込みに行って、編集さんに『おなかのなかの、なかのなか』のお話を読んでもらったら、「面白いじゃないですか」と言ってくれたんですね。それで、「これはこれでお預かりしますけど。これとは別に、題材に合わせて、お話を書くことはできますか?」って聞かれたんです。新人なので、そんなのやったことはないんですけど、まるでやったことがあるかのように「ああ、もう任せて下さい!」と言いまして(笑)。「実は、松井秀喜さんの絵本を作る企画があるんですけど……」と言われて書いたのが、これです。
――でも、あさのさんがパーソナリティを務めているラジオ「アニスパ!」のリスナーなら、みんな知ってると思いますが。あさのさんって、野球には全然詳しくないですよね(笑)。
あさの そうなんですよー。だから、最初から大変で。私、松井さんが野球選手だってことは、さすがに知っていたんですけど。ポジションとかは分からなくて。「えっと……バッターでしたっけ? ピッチャー? あ、キャッチャー!?」みたいな感じで(笑)。編集さんの「この人、分かってないな……」みたいな空気を感じながら、資料を受け取り。本当にまっさらな状態で、松井さんのDVDを見たりしました。
――その資料の中に、何かヒントはあったのですか?
あさの 松井さんって、野球が好きな人にとっては神様みたいな存在じゃないですか。そういう風に、松井さんを野球選手としてリスペクトしてる作品は、小説などで他にもあるんですね。でも、私は松井さんのことも野球のことも何も知らなかったので。DVDとかを見た時に、松井秀喜さんが、どれだけすごい野球選手なのかはよく知らないけど、とにかくすごく良い人そうだなと(笑)。
――松井選手のキャラクターに、好感を持てたんですね。
あさの そうなんです! だから、松井さんをもっと身近に感じられる作品。読み終わった後に、「松井選手、好きだな」と思えるような作品にしたいという思いで書きました。

●「すらすら読めるって、それだけですごい」

――そういった絵本作りと並行して、2009年の3月には『ウルは空色魔女 (1)はじめての魔法クッキー』で、児童小説家としてもデビューされました。これは、角川書店の井上社長の勘違いがきっかけなんですよね?
あさの 「おひさま大賞」を取ったことが、「小学館で児童書の賞を取った」という風に伝わってたみたいで。「うちで、児童書を書いてみない?」と声をかけて頂いて。私はてっきり「角川書店も、絵本に乗り出すんだ~」と思って。「ぜひぜひ!」と返事したら、ぶ厚い小説を書くってお話だったんですよね。
――それでもチャレンジする行動力がすごいと思います。そんな状況で、書き始めた初めての小説。もちろん苦労されたと思うのですが、最初に書き上げた作品を編集者に見せるときは、どんな気持ちでした? 手応えあり? それてもびくびくしながらですか?
あさの 最初は、一章書くごとに送っていたんです。でも、特に感想が返ってくる訳でもなく。ただ、一応は最後まで書けたんですよね。内容に自信があるかとか、面白いかとかじゃなく、とりあえず、生まれて初めて書いた小説を最後まで書けたのは良かったな、と思っていました。それで、編集さんに会ったら、「はい。最後まで書けたのは本当に良かったんですけど。一から書き直しましょうか」と言われて、エーーって(笑)。
――全ボツはキツイですね……。
あさの でも、そうか、とも思ったんです。そんな簡単に、このまま出しましょうってなるわけもないよなって気持ちも、どこかにありました。だから、ガッカリして筆を折るというよりは、第2段階に進んだと思おうくらいの感じで。どうすればよいのか、児童向けの小説を何冊も読んだりして考えました。
――その中で、どのような発見やヒントなどを得ることができたのですか?
あさの プロットを書く前にも色々と読んではいたんですが。改めて他の作家さんの本を読んでみると、私が今まで気付いてなかった、すごい点が見えてきて。ああ、こういう風に書いているから、文章が流れるように読めるんだ、とか。それまで、「すらすら読めるけど、いまいち心に残らないなー」とか思った作品もあったんです。けれど、「そうじゃない! すらすら読めるって、それだけですごいことなんだ!」と気づき、反省したというか。謙虚な気持ちになりました(笑)。
――世に出ている本や、書いた作家さんの凄さを、再認識された?
あさの はい。それと、読者目線で読むだけでなく、やっぱり、自分も書くんだっていう目線で読まなくちゃいけないんだなと。(額を指差して)ここに、もう一個、別の眼がパーってできた感じでした。
――第3の眼(笑)。
あさの でも、他の作家さんのすごさが分かったところで、それをそのまま実践できるわけではないので。自分で書いた作品を後から読むと、(両手で頭を抱えながら)「わああああ」ってなるんです(笑)。
――そうなんですね。でも、僕は『ウル』シリーズのどれも楽しく読んでいますよ。
あさの ありがとうございます。買って読んで、好きだと言って下さる人もいるのだから、こういう事は言わないようにしようと思ってるんです。でも、自分では、反省ばかりになっちゃうんですよね……。ただ、幼い読者にはすごく感謝していて。私もそうなんですが、大人になると、どうしても良いところよりも、粗の方に目が行きがちになるじゃないですか。でも、子どもたちは、面白いところ、楽しいところばかりを見つけて、好きだと言ってくれる。ここがつまらないとか粗探しをする子って、本当にいないんですよ。そういう健やかな感想に、作品がすごく救われています。
(丸本大輔)

(part3に続く)