このセリフを聞いたことがあるだろうか?
「春樹」は、劇団ひとりの定番ネタに登場するキャラクター。茨城のヤンキーの春樹先輩(山岡春樹)だ。
髪型はリーゼント、大きなグラサンをかけていて、変なシャツに金のネックレスを合わせ、前歯は一本欠けている。
春樹先輩はとにかく女にモテたい。だけど自分に自信がない。だから、通販の怪しげな商品に引っかかってしまう。
「もうちょっと背が高くなったら女にモテんだけどよ、けど背なんか高くなんねえかなって思ってたらよ、これがあったんだよ! あーこれだ! と思ってよ、買ったわけ!」
「これがよ、うんともすんとも言わないんだよ!」
「だから俺電話してやったんだよ。『てめーふざけんじゃねーぞ! これインチキじゃねーかよ! 背なんかぜんっぜん高くなんねーよ!』って。したらなんて言ったと思う?」
「『お客様、背が高くならないと言うわりには……ずいぶん上から物を言いますね!』」
「………いつもの帰り道が、少し違って見えたんだねえ………」
いい話みたいになってるけど! それ! ごまかされてるから!
でも春樹先輩は、こりずに通販で高額商品を買ってしまう。正直、どうしようもないオバカなのだ。
そんな春樹先輩が本を出した!
『幸福論と。』
春樹先輩が100年前の哲学者・アランの『幸福論』を読んで、考えたことや感じたことをつぶやく本だ。
『幸福論』は、ノルマンディーの地方紙に十年間連載されていたもの。連載のテーマは「人間について」。
アランと春樹先輩の言葉のバックには、飯田かずなの写真。飯田かずなは『ブスの瞳に恋してる』の装丁を担当した写真家。
「わたしたちが自分を愛してくれる人たちのためになしうる最善のことは、やはり、自分が幸福になることである」。
アランのこの言葉に対して、春樹先輩はこうつぶやく。
「ニコニコしながら何みてる
俺が美味そうに飯を食ってるのが
そんなに嬉しいか
母ちゃんよ」
こんな風にして、アランの『幸福論』と、それに対する春樹先輩のコメントが並んでいるのだ。
アランの『幸福論』は、以前に読んだことがある。でも実は、いまいちピンと来なかった。
どの文章を抜き出しても格言っぽくてカッコイイとは思う。ただ、格調高い文章のせいなのか、でてくる具体例に対して実感がわかないせいか、自分に結びつけて考えることはできなかった。
でも、春樹先輩のコメントと一緒に見るアランの言葉は、以前読んだときよりもどこか庶民くさい。なにせ「死に対する恐怖」は「イオン通りの坂道のコーナーを自転車で疾走」、「馬車の運転手の行動」は「ガストで店員さんを呼ぶ」と並んでいるのだ。
ときどき「これ、『そういう意味じゃねえよ!』ってアランさんキレるんじゃ?」みたいなのさえある。
アランの言葉を解説したり、ツッコミを入れるわけじゃない。
あくまでも、『幸福論』を、春樹先輩なりに考えている。だからこの本のタイトルは、『春樹先輩の幸福論』でも『劇団ひとりと飯田かずなの幸福論』でもなく、『幸福論と。』なんだろう。
春樹先輩は、いわば「生みの親」である劇団ひとりから、「無垢で脳天気なめでたい奴」と言われてしまっている。
解説者の精神科医・名越康文からは、「人生をぜんぜん考えられないような人」「快楽主義に溺れてしまって、知的限界がちゃんとある」とかなり散々な言われっぷりだ。
でも、そんな春樹先輩だからこそ、あっけらかんとアランにつぶやけるのだろう。
もし私が彼のポジションだったら、頭のかたそーな優等生的なことしか言えない。「やはり100年前のフランス人も現代の日本人も根本的なところは一緒なんですね!」とか……自分で書いててなんだけど、超つまんないな!
春樹先輩はときたまとんちかんなことを言うし、間違うし、アランの言葉のかっこよさには遠く及ばない。でもだからこそかっこいい。
劇団ひとりはあとがきでこう言っている。
「春樹こそ僕の理想であり、導きである」。
正直、春樹先輩がこんなにかっこよく見える日が来るなんて、思ってもみなかった。
動いている春樹先輩は、「完売劇場」や「やぐちひとり」で見たことがある。
でも、一番印象に残っているのは、2004年の「都会のナポレオン」の春樹先輩。このDVDは、劇団ひとりのネタがたくさん見られるうえに、見ていて胃が痛くなるドキュメンタリー風映像が収録されている。
もともと、劇団ひとりのネタはブラックなものが多い。不謹慎ネタのオンパレードだ。
テレビで披露されているものはそこまで毒々しくはないけれど、それでも「女子高生の自殺を止めるド変態」(これが一番好き!)であったり、「秘書が暗殺者ではないかと疑うIT社長」など、どれもこれもクセが強い。
そのブラックさが全開なのが「都会のナポレオン」。
ドキュメンタリーに出演する春樹先輩は、無謀な夢を追いかけた落ちこぼれ。25歳童貞、ホストの面接を受けて相手にされず、通販に月10万ほど使い、ナンパをするも無視され続ける彼を見ていると、ほんっっとーに落ちこむ(ラーメンズのネタ「ドーデスと言う男」を見たときの気分に似ている)。あまりにも描き方が冷たいからだ。
でもその2年後には、落ちこぼれが変化し、社会に復帰していく小説『陰日向に咲く』を書いている。このギャップがスゴい。
2012年の春樹先輩は、青空の下でニカッと笑っている。
「どうせなら好きになってやらなきゃな
だって生まれてから死ぬまで
俺はこの鏡に映った馬鹿野郎と
ずっと一緒なんだから
ごめんな いつも責めてばっかで
あとでエンゼルパイ買ってやっから」
立派になって……っ(お母さんのような気持ち)。
非モテをひがまず、自分をちょっぴり好きになった春樹先輩。通販、もう卒業してそう。
こんなに幸せそうだと、もう今後はネタで登場しないんじゃないのと思ってしまうのだけど……そこはそれ! ホワイト春樹先輩とブラック春樹先輩がいるってことで、ひとつよろしくお願いします!(青柳美帆子)