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開戦から100年。日本にバウムクーヘンをもたらしたのは第一次世界大戦だった

       
国内の大規模収容所は、習志野(千葉県)・名古屋(愛知県)・青野原(兵庫県)・板東(徳島県)・似島(広島県)・久留米(福岡県)の6カ所存在した。このうち、広島港沖に位置する似島(にのしま)の収容所には、1917年になって、大阪の隔離所に収容されていた捕虜500余名が移される。

各地の収容所で、捕虜たちはそれなりに自由を認められつつ、さまざまな労働に従事していた。1918年11月にドイツが降伏すると、捕虜にはよりいっそうの自由が与えられた。似島収容所にいた捕虜の一人、カール・ユーハイムというドイツ兵は、もともと青島でケーキ職人をしており、やがて収容所でもバウムクーヘンを焼くようになる。

翌19年、広島県物産陳列館で捕虜製作品展覧会が開催された。このときサンドイッチやコーヒーなど当時の日本では珍しかった食品も販売され、大勢の人が詰めかけた。とくにバウムクーヘンをはじめとする菓子はもっとも人気を集めたという。展覧会の初日の様子は「中国新聞」が伝え、これが日本人とバウムクーヘンの最初の出会いだとされている。なお、ユーハイムは1920年に捕虜生活から解放され、横浜に自分の菓子店を開いた(広島市オフィシャルサイト「日本で初めてバウムクーヘンが焼かれた地、似島」)。

国内の捕虜収容所には音楽活動の盛んなところもあり、習志野収容所ではヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」が、板東収容所ではベートーベンの「交響曲第九番」が日本初演された。また、名古屋収容所は市街地にあり企業が近くに存在したことから、とくに捕虜の雇用が盛んだった。大戦後の1920年に創業した敷島製パン(Pasco)が、製パン技師として迎えたハインリッヒ・フロイントリープというドイツ人も、名古屋収容所にいた元捕虜である。フロイントリープはその後、神戸に自分のパン工房を開いている。

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