5月29日から3日間、日本武道館で世界剣道選手権大会が行われる。同大会は3年に1度開かれ、剣道の故郷・日本では1997年以来の開催だ。
優勝候補は日本が頭一つ抜けているものの、年々海外の剣道レベルは上がっており、日本以外の国がどのように本家と渡り合うかが見所だ。

このような中、欧州の剣道を引っ張る国がフランスである。同国男子代表は日本人とフランス人のコーチ2人によって率いられている。フランスの剣道とはどのようなものなのか? 仏ナショナルチーム男子代表コーチ・内藤篤史さん(六段)に、フランス剣道の特徴と魅力、大会に対する意気込みを聞いた。
世界大会で日本に勝つ! フランス剣道男子代表コーチに聞く意気込み

――男子フランス代表はどのような剣風ですか? 
「相手の技を誘い出した一瞬に打ち込む出ばな技、相手の攻撃を返した瞬間に打つ応じ技を得意とする選手が多いです。フランス剣道連盟顧問・好村兼一先生(八段)を始め、各道場の先生や毎年全日本剣道連盟から派遣される先生のご指導もあり、日本のような、しなやかな技を使える選手も増えています」

――男子団体予選リーグでフランスは米国、マレーシア、ギリシャと同組ですがライバルはどこの国ですか? 
「米国です。
同国は前回大会でも3位まで勝ち上がった強豪で、常に上位に食い込む経験と勝ち方を知っています。フランスより米国に分があると見る人は多いですが、フランス代表も普段の稽古通りの力を出せれば、勝てる可能性は十分にあるでしょう。米国に勝てば一気に上位まで行けると思っています」

――フランスと同組以外で注目すべき強豪国は? 
「韓国です。韓国は日本以外で唯一、同大会男子団体で優勝(2006年)したことがある国です。日本のしなやかさに対し韓国はパワー剣道が特徴で、力と力でぶつかり圧倒する剣風です。日本と実力は紙一重だと思います。
また欧州勢ではイタリア、ハンガリー、英国、ドイツも強いですね。イタリアは昨年行われた欧州剣道選手権大会男子団体で優勝しています」

――大会に臨み気にかけていることは? 
「武道館の雰囲気でしょうか。選手にとって武道館は聖地であり、とりわけ海外の選手は武道館での試合を経験したことがない人が大半です。武道館が持つ独特の雰囲気の中で、どれだけ自分の力を発揮できるかにかかっていると思います。どこの国との対戦であろうとも精神を強く保ち、一戦一戦いつも通りの力を出していけば勝ち上がっていけるでしょう。予選を突破し決勝で日本と戦いたいですね」
世界大会で日本に勝つ! フランス剣道男子代表コーチに聞く意気込み

――以前からフランスは、日本のような、しなやかな剣風だったのですか? 
「20〜30年前までのフランスは、柔道からの怪我による転向者が多かったため硬い剣道をする印象でした。
今は子供の頃から日本と同じような指導を受けているため、日本の剣風に近づいています。フランス人は日本人には少ない、がっちりとした体型で背の高い選手が多いです。彼らが日本のようなしなやかな技を習得すれば今後、間違いなく日本の脅威になると思います」

――日本などフランス国外で剣道を学ぶ選手も多いのでしょうか? 
「高校生や大学生は、日本の同年代の試合をインターネットを介して見られるため、強豪国の剣道と自分の剣道を比較できます。日本のしなやかさなに憧れて日本の強豪校へ剣道留学を決める人もいます。留学先は日本がほとんどですが、韓国のパワー剣道を見て韓国へ行く場合もあります。また各国代表の中には日本で生まれ育ち、その後、国籍を持っている国のナショナルチームに入る選手もいます。
日本の剣道環境で揉まれている分、そういう選手は強いです」
世界大会で日本に勝つ! フランス剣道男子代表コーチに聞く意気込み

――代表の指導についてフランスならではの苦心はありますか? 
「フランスには才能ある選手がいるものの、強い選手が30歳前後で代表を引退することも多いです。仕事が忙しくなる年齢ですし、家庭を持つなどプライベートの優先順位が変わってしまうこともあります。日本のように、子供達が始められて、大人になっても続けられる環境が十分にあるわけではなく、せっかく才能があっても剣道自体から離れてしまう人も多いです。その点はとても残念に感じています」

――防具など海外で揃えることも大変ですよね。
「防具が手に入らない、修理ができない、体育館が借りられない、指導者が少ないというのは海外の剣道界が常に持つ悩みです。国際大会へのナショナルチームの派遣についても、フランス剣道連盟の場合は派遣資金を出せますが、自腹を切って国際大会に行く国の選手もいます。
日本だけが盛り上がるのではなく、そういうところをサポートすることも必要だと思います」

――剣道の国際化に伴い、柔道同様に「武道」と「スポーツ」のバランスの取り方は難しくなっていくのではないでしょうか? 
「試合後に選手から"技が当たったのに一本にならなかった"とか"当たってないのに負けた"という話をよく耳にします。試合ですので勝敗は決まりますが、剣道の本質はそこではありません。全日本剣道連盟は"剣道は剣道具を着用し竹刀を用いて一対一で打突しあう運動競技種目とみられますが、稽古を続けることによって心身を鍛錬し人間形成を目指す『武道』です"と定義しています。例えば剣道の試合では、一本を取った後でガッツポーズをした場合、一本が取れていても取り消されます。"いかに相手を打ち負かすか"という考えが先行してしまうと、武道ではなくスポーツになってしまいます。どのような相手に対しても常に尊敬の念を持つこと。
これから剣道を始める世界の子供たちにこの考え方を教えていくことが、次世代に伝える私たち指導者の役目だと感じています」
(加藤亨延)