朝ドラ「まれ」(NHK月〜土 朝8時〜)の音楽はオープニングにはじまって人の声が入っているものを意識しているんでしょうか。
とことん駄目な徹(大泉洋)に対して、希(土屋太鳳)の同級生・紺谷圭太(山崎賢人/崎、大じゃなくて立のほう)のちゃんとした感じが際立った10話。
「夢っちゃいいもんやって頭ではわかっとるげよ。
ほやけど・・・ 夢は怖い。
もうこれは長年のトラウマねん」
そう胸のうちを明かす希に、圭太はこう言います。
「夢っちゃきっと誰でもこわいもんねんろ。
何年かかるかわからんし。
かなうかどうかわからんし。
ほやけど こわくても反対されても離れられんげ。
忘れられんさか 夢ねんて思う」
なんでしょう、夢を諦めるなと語っているはずなのに、十代の無邪気さがまったく感じられない、妙にわけしりな感じです。でも、子供たちがそういうふうになってしまうのは、親が反面教師なのかもしれません。
なにしろ、徹は本当に情けない。
文(田中裕子)が提示した一食300円にすら躊躇しながら「いまおっきいのしかないから」とあまりにもわかりやすい強がりを言う、ここまでちっちゃい駄目お父さん、朝ドラ史上初なのではないでしょうか。
希は断じます。
「助けてようなるがなら駄目人間やないげ
助けてもどうにもならんさけ駄目人間ねんわ」
なんて手厳しい・・・。
圭太と夢について客観的に語る前述のシーンといい、この実も蓋もない諦念、現実を見据えた乾いた感覚こそ、「まれ」の本領なのかもしれず、そういうの、意外と嫌いじゃないなあという気がしてきました。もっとここを拡大していってくれたらハマっちゃいそう。
「神様なんちゅう贅沢品に100円かける余裕は全然ないげよ」も、本当に困ると神頼みすらできないという現実を直視しまくった名台詞です。
希だけでなく、弟の一徹(葉山奨之)もやたら冷めたデータ人間です。
一徹という「巨人の星」の熱過ぎるくらいのお父さんの名前と同じなのに、
キャラは真逆なんですね。
これまでの朝ドラというかドラマはたいてい、登場人物の貧しさや不幸さに、過剰な情緒をもたせて、同情や共感意識を煽るものですが、「まれ」の脚本家・篠崎絵里子(崎、大じゃなくて立のほう)の貧しさや不幸さへの距離の取り方は独特です。
そういえば、彼女の書いた映画「あしたのジョー」には、昭和っぽい泥臭さやまっすぐな熱さに欠けた不思議な印象があったのを思い出しました。
ただ、こんなことも付け加えています。
「希は気づいていません
ふがいない親父に本気で怒ってる一徹の心の底も。
藍子の複雑な思いにも」
藍子は、「赤の他人」と言いながら、徹が戻って来た御礼参りをしているのです。
篠崎が「紙の月」や「胡桃の部屋」などで書いた、抑制された心の深層が「まれ」でどれくらい描けるかも注目していきたいところ。笑いも盛りこもうという欲は捨てて、ディープな感情を掘っていっていただきたい。(木俣冬)
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