白河桃子の『「専業主夫」になりたい男たち』(ポプラ新書)は、日本ではまだ少ない「専業主夫」にスポットを当てた本。まずは目次を紹介しよう。

第1章 われ、いかにして主夫になりしか?
第2章 彼女、いかにして大黒柱になりしか?
第3章 主夫志望男性と主夫が欲しい働き女性のために
第4章 小島慶子×白河桃子対談「小島さん、女の大黒柱ってどうですか?」
第5章 あなたにも来るかも……ある日突然夫が主夫になる日
第6章 これからの主婦戦略とは?
専業主夫のとある1日
第1章では、実際に専業主夫をやっている男性たちを取材。彼らの家庭は、男性が家事や育児を担い、女性が外で仕事をしてお金を稼いでいる。よくある「専業主夫=ヒモ」という偏見とははっきりと違う(AV監督の二村ヒトシの定義では「ヒモとは女の下着一枚洗わない男のこと」)。
主夫になったきっかけはそれぞれで「健康上の理由」「圧倒的な収入差」「親の介護」「妻の転勤」など。完全に主夫業をやっている人もいれば、非正規・在宅でフリーランスとして働いている人もいる。
本で紹介されている専業主夫・しゅうちゃんの一日はこんな感じだ。
5時 起床、子どもと妻の朝ごはんを用意
7時台 妻が出勤
8時 子どもを園に送る
9時 自宅に戻り自分の朝ごはんと洗濯
10時半 買い物タイム(時にはママ友とコストコやイケアやイオンレイクタウンでまとめ買い)
13時 家事がひととおり終了。コーヒー新聞パソコンタイム
14時ごろ 晩御飯の支度、お風呂&トイレ掃除
16時 子どもを園に迎えに行く
18時 お風呂
19時 子どもとごはん
20時 寝かしつけ
20時半〜21時 妻が帰宅
性別が逆なだけで、一般的な専業主婦と全く変わらない。こういった話を聞くと、家事が苦手な身からすると「こういう男性と結婚したいな」と思えてくる。
男性から「降りる」選択
今では本格的な主夫のしゅうちゃん。しかし彼はそこに至るまでに、深い葛藤を克服してきた。
〈なぜか、朝起きるとスーツに着替えて、ネクタイまでしめてお皿をがしゃがしゃと洗っていたこともあったそうです。自分は今仕事を休んでいるだけだ、と自分に言い聞かせながら〉
〈しばらくは、お金を1円も生み出さないことに耐えられず、朝だけの清掃のバイトや内職のような仕事をしたこともあったそうです。それほど昭和の男には妻に養ってもらうことは「受け入れがたいこと」でした〉
そんな日々を過ごしている間にも、妻の年収は上がっていく。そこでしゅうちゃんはこう悟った。
「これだけ才能のある人なんだ。自分が働くのと、彼女をバックアップするのとどちらがいいか」
「プライドは一文にもなりません」
しゅうちゃんは「降りる」ことを選択した。つまり「男性として稼がなければならない」という荷物を降ろしたのだ。それからしゅうちゃんは主夫であることを楽しめるようになったのだそう。
本書では、主夫に向いている人の条件が紹介されている。一部紹介しよう。
・テーブルのものが落ちそうになったら先に手を出す
・男女関係なく、すごい人は素直にすごいと思える
・女性の活躍に嫉妬しない
・プライドの捨て方がうまい
・家庭で愛される力がある
・バンドならボーカルより後ろにいるドラムやベース
・家にいるのが好き
・嘘をつかない、浮気をしない
女だって言ってしまう「誰が稼いでいると思っているのか」
主夫をもつ妻たちの声もたくさん紹介されている本書。4人の「主夫妻」(主夫を養っている妻)の座談会もおもしろい。
〈五十嵐 私も働くのが好きなんでしょうね。男の人が長年、仕事に逃げてきた理由がわかりますね。「仕事だー!」って言って、家の中のことはお任せして、外に出て働くほうがずっと合っている〉
〈朝倉 (料理は)私がやると遅いし、段取りが悪いので。「いつできるのか」とか「どんだけ待てばいいのか」とか、そうやってイライラさせたことが何回かあるから。私が作らなきゃいけないときは、まぁ、諦めてくださいって思っています〉
〈五十嵐 もし奥さんのほうが思いっきり仕事がしたければ、主夫になってくれる人を選んだほうがいいと思います〉
たまに買い物をしてくると牛乳や卵をかぶらせてしまう、イライラしたときについダメだとわかっていても「誰が稼いでると思っているのか」と言いたくなってしまう……と、こうしたことも逆転している。
主夫妻(大黒柱妻)の条件もまとまっている。
・楽天家
・働くことが好き
・家にいるより外が好き
・家事にこだわりやプライドがない、むしろ苦手
・外では男、マッチョな職場にいる
・マネージメントができる(経営者、管理職経験など)
・リスクがとれる
・好みなら男性を養える
憎しみ、刷り込まれた価値観……女性にもある問題点
こうして見ていくと、外でバリバリと働き続けたい女性と、こうした主夫男性との相性はいいように見える。だが現実はそこまでぴったりとうまくはいかない。本書は、「主夫」に対する社会からの偏見だけではなく、女性自身がもっている偏見も紹介している。
「主夫? 男が働かないと言うと、なぜこんなに怒りを覚えるんでしょう」
一家の大黒柱として働くタレント・エッセイストの小島慶子も、夫が主夫になり始めたころは怒りを覚えたのだと言う。
「あなたは今まで、私が共働きで、いつも食事を作らないとか、子育てをやらないとか、あるべき奥さんじゃないみたいなことがずっと不満だったんでしょ。
小島の夫はその言葉にこう返した。
「今、慶子はぼくじゃない誰かを見てる。それは今までいろんなところで慶子を追い詰めてきたり、慶子にひどい思いをさせてきた男で、その男全員をぼくに降ろしてるでしょ」
自分より強い男に囲まれる男社会で生きていくために努力してきた妻が、自分より「弱い」夫にその怨嗟をぶつけてしまった瞬間だった。
プライドや後ろめたさや憎しみだけではない。養えるほどの収入を得られる女性がまだまだ日本に少ないのも現実的で大きな問題だ。そして他にもこんな葛藤が……。
「仕事をバリバリしている姿が魅力的だと思っていたのに、家にいてごはんを作ってくれる夫にはまったく魅力を感じない」
仕事ができる男は魅力的、自分より稼いでいる人がいい──そんな価値観をもっている女性はとても多い。たとえバリキャリ女性であったとしてもだ。その価値観が、反射的に「主夫」の存在を否定したくなってしまう。
社会や男性だけではない。女性の側にも大きな意識の改革が求められている。
「イクメン」も「女性の活用」もすさまじい勢いで陳腐化している現在。
そういう中にいると、異性や結婚に対する夢や希望がどんどんなくなっていく。「結婚に向いてないかもしれない……」という不安もふくらむ。
それでも理想を言うならば、性別や年齢関係なく「働くのが得意な人が働く」「家事・育児をするのが得意な人がやる」という家族の形が実現して、自分がそんな家庭の一員になれるのがいちばんだ。
自分はいったいどっちなんだろう? 本書を読んで思考実験をしてみよう。
白河桃子『「専業主夫」になりたい男たち』(ポプラ新書)
(青柳美帆子)