90s

メンバー間で確執も? チェッカーズの解散を振り返る

人気男性アイドルグループの解散といえば、昨年のSMAPが記憶に新しい。
1992年には、熱狂的ファンに支持されまくっていたチェッカーズが解散。その後、メンバー間での確執が取り沙汰されることとなった。

国民的人気バンドだったチェッカーズ


チェッカーズは1983年の『ギザギザハートの子守唄』でデビューすると、翌84年の『涙のリクエスト』のヒットにより、大ブレーク。一躍国民的人気バンドになった。

歌だけではなく、チェックのダボダボパンツというステージ衣装や、ボーカルの藤井郁弥(フミヤ)の前髪を長く垂らした“フミヤカット”も大きな影響を与え、80年代男子たちの流行スタイルとなった。

『ジュリアに傷心(ハートブレイク)』が1885年のオリコン年間1位の座に輝くなど、その人気を不動のものとした。

ソロ活動開始、フミヤの結婚…解散へのカウントダウン


だが、1987年に発売されたアルバム『GO』のころには、ソロ活動を始めるメンバーが出始めた。口火を切ったのは、フミヤの弟の尚之。つづいて、サイドボーカルの鶴久政治と高杢(たかもく)禎彦もソロでの活動を開始した。

さらに、チェッカーズメンバーとそのファンにとって一大事といえる出来事が起きる。それは1990年、フミヤの結婚だ。
相手は中学の同級生。ファンにとっては、結婚の発表に至るまで、長きにわたる交際が続いていたことも衝撃的だったようだ。

フミヤに続くかのように他4人のメンバーも相次いで結婚。やがてグループとしての活動は減っていき、ついに1992年10月、チェッカーズは解散を発表したのだ。
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