連続テレビ小説「わろてんか」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)
第10週「笑いの神様」第57回 12月6日(水)放送より。 
脚本:吉田智子 演出:保坂慶太
「わろてんか」57話。SNSでは酷評、だが視聴率は悪くない謎を考えてみた
イラスト/まつもとりえこ

56話はこんな話


寄席の前の祠で倒れていた女・ゆう(中村ゆり)が探している夫(北村有起哉)は、団吾師匠(波岡一喜)の偽物だった。

朝ドラ「わろてんか」の価値とは


6日、NHKの受信料に関するニュースが報道された。
2011年、放送内容に不満があるとして、受信契約を拒んだ者に対して、NHKが契約締結や未払い分の支払いを求めて提訴していた件で、最高裁大法廷が、テレビなどの放送受信設備を設置した世帯や事業所はNHKとの受信契約を義務付ける放送法64条が“合憲”であるとの判断を示したという。


極端は承知ではあるが、たとえ放送内容に不満があっても受信料支払いを拒めないのか・・・と再認識したとき、私の頭に、朝ドラ「わろてんか」のことがよぎった。

10月からはじまった「わろてんか」は主にSNS上では、評判が芳しくない。
大阪を舞台に、たくさんの人を笑顔にするため寄席経営をする若い夫婦の奮闘記で、どんなときでも笑顔で前向きなヒロイン・てん(葵わかな)が、ちょっと頼りないけど笑いへの思いは人一倍の夫・藤吉郎(松坂桃李)を助けていくという概要は、じつにわくわくさせられるものだが、細部に対する不満が放送開始から主にSNSを中心に散見されている。
笑いや経営に関するディテールが描かれてないとか、登場人物の感情の機微があっさりし過ぎているとか、
とりわけ、夫・藤吉郎が、あまりにも何もできない人物でイライラするという意見だ。たいてい、ヒロインの夫は頼りなさも込みで、女性視聴者にとても愛されるにもかかわらず、こんなにもがっかり意見が挙がるのは珍しい。
そういう意味では、ひじょうに新しいようにも思うし、流行りのイライラエンタメを目指しているのかもしれないが、朝起きたばかりに見る番組として、せっかくだったら、愉快に好意的に観たい。


とはいえ、視聴率は悪くないのだ。
19〜20%台で安定している。むしろ、前作「ひよっこ」の前半のほうが不安定だった。主人公が何かを目指すわけでなく、平凡過ぎること、イベント事が起こらず、ダラダラとおしゃべりしてばかりというような部分を物足りなく思う視聴者がいたからだ。

その点、「わろてんか」は、適度に何かイベント起こり(主人公が駆け落ちする→嫁ぎ先が経営難に陥る→寄席をつくって心機一転→邪魔が入る→寄席を大きくする→新たなハードル・・・等々)、でも、極端な衝撃(人の死や貧乏の苦労や虐めなど)がなく、なんとなく大変で、なんとなくうまくいって、とりあえずいつも前向きだ。

その物語を注意深く観ていると、物語や設定に、いくつもホツレがある。
だが、それちょっとおかしいよね、この人の行いはありえない、と指摘して、自身の正義感や倫理観が満たされる。むしろ、誰もが優越感を得られるように作ってあるといってもいい。
それ以上でもそれ以下でもない。いわゆる、ファストファッション的なドラマとして、「わろてんか」は十分機能を果たしている。
いま、期待の若手、葵わかなや、見た目も演技も申し分ない、松坂桃李、高橋一生などが出ていて、濱田岳や徳永えりなどの演技派もちゃんといる。遠藤憲一、鈴木保奈美に鈴木京香、笹野高史も彩りを加え、今週は、北村有起哉と中村ゆりがいる。

それ以上のディテールに凝った、突出したドラマを観たいと思う視聴者は、少数派のようだ。

ディテール好きにも満足を


それでも、ディテールが大好きな視聴者もやっぱりいて(私です)、日々、ホツレばかりが気になるなかで、57話は、ちょっと身を乗り出して見た。
演出を手掛けた保坂慶太ディレクターを「わろてんか」に参加させてくれて、プロデューサーさん、ありがとうと強く思った(保坂D の解説については56話のレビューを御覧ください)。

まず、祠の階段下に倒れたゆうを、真俯瞰で撮影。
てん(葵わかな)が彼女を助けて寄席で休ませる場面では、青い照明と、風鳥亭の赤の対比が目を引く。
始まり方からして、なんか違う。


次に、女が3人並んだ雑巾がけの画(ここ、すごく生き生きしていてよかった)と、きれいにお茶を平均して煎れた、たくさんのお茶碗の画。
日々続けていることで洗練された労働の美学が、言葉でなく画面から説得力をもって滲み出る。
てんと藤吉夫婦が向き合って喧嘩している奥に4人アサリ(前野朋哉)、キース(大野拓朗)、万丈目(藤井隆)、岩さん(岡大介)がずらっと並んでいる画も、一枚絵のなかに、複数のドラマが入っていた。

ああ、こういうのを待っていたと思うのと同時に、きっと、こういうところは、視聴率には関係ないのだろうとも感じてしまう。
むしろ、雑巾がけのシーンや、お茶碗いっぱいのカットは不要だと思う人もいるかもしれない。もっと人間のアップを映せとかいうのかもしれない。
てんと藤吉をぼんやり映すのはどういうことだとか、地獄の踊り合戦も長過ぎるとか思う人もいそうだ。

でも、松坂桃李の表情もアングルを工夫して、単調に見えないように工夫しているようにも感じた。
地獄の踊り合戦のあと、朝帰り。ぼーっとした藤吉の顔もいいし、それが引いて撮っていくところもいい。
キースに団体交渉をすると言われて、うんざり顔に手を当てているカットなんて、これまでになく、藤吉が魅力的に見える(その言動はさておき)。指フェチの女性には好物だ。


ファストファッションから職人がちょっとこだわった一着まで、多様なニーズにどれだけ応えるか、そんな不断の努力を観ると、テレビ所持者から受信料を徴収することが決まりであるうえに、今後、ネットでテレビを見る人にも受信料をしっかり徴収する時代がやってくるとしたら、SNSユーザーの満足度に気配りする歩みを止めないでほしいと切に願うのである。
(木俣冬)