
ヒトカラにぼっち飯、ひとり映画……。世の中には、こういった一人で行う行動をバカにする連中が少なからず存在する。もし君が周囲の人間にバカにされていると悩んでいるなら、はっきり言っておきたい。気にすることなんて何もない。むしろ俺は一人での行動は理に適っていると思うし、なんなら「カッコイイ」とすら思う。今回はその理由を解説していこう。
実はそれ、「気にしすぎ」じゃないか?
そもそも、一人でやっている行動を「バカにされている」と感じるのは、“気にしすぎ”である可能性が非常に高い。なぜかって? 君が一人で食事していようが、一人でカラオケに行こうが、周囲の人間にとってはどうでもいいことだからだ。逆に聞きたいが、君は他人が何人でご飯を食べているのか気になるだろうか。同僚が何人グループでカラオケにいっているのか気になるだろうか。もう驚くほどどうでもいいはずだ(笑)。人は君が思っているほど、君に注目していない。これは事実なので、覚えておこう。
同じ笑い声でも、気にしすぎていれば「もしかして自分が笑われているんじゃないかな……」と思って気分が落ちてしまうだろうし、全く気にしていなければ「なんか楽しそうでいいなー」程度の感想しかもたないだろう。街中で他人を笑う極悪非道かつ非常識な人間なんて平和な国日本にはほとんど存在しないから、気にするのやめよう。
万が一、君の行動を気にしてくるヤツがいたら、そいつはよほどの暇人であり狂った野郎だ。他人を笑うなんていう非常識な行為をする人間だ。常識が通じないクレイジーな人だと思って無視したほうがいい。関わってもケガするだけだ。君の人生に1ミリも良い影響を与えない。
そもそも他人にバカにされたところで「だから何なんだ!?」という話だ。そいつに他人の行動をケチをつける資格なんて一切ない。仕事の話、趣味の話、家族の話、話すべき内容は無限とあるにも関わらず「見ず知らずの他人が一人でいること」を話題に出して笑いものにしないといけないほど退屈な連中に笑われても痛くもかゆくもなくない? どう考えても、そいつらのほうがかわいそうだよ。気にする必要はない。

卑屈になるかどうかは、しょせん「気の持ちよう」
それでもまだ納得できない人はこう考えてみてほしい。例えば、君が、周りの目が気になりビクビクしながら一人でレストランでご飯を食べていたらとしよう。
でも、その人はかっこつけているのではなく、ただ単に忙しくて、友人と時間を合わせている余裕なんてないから一人で来ているのだ。忙しいがうまいもんは食べたいから一人飯という選択肢を堂々と取っている人に、負い目など一切ない。逆に、君が一人で食事をしているときに卑屈になるのは心のどこかで負い目を感じているからだ。例に出したビジネスマン/キャリアウーマンと君の大きな違いはそこだ。つまり、“気の持ちよう”ってことだ。君が勝手に「笑われている」と感じているのだ。
「ぼっち」ほど超効率的
俺からすれば「一人の行動」が悪く言われる理由がまったく理解できない。なぜなら、一人の行動ほど効率的なことはないからだ。一人っていいぞ。何をするにしても好きなタイミングで行けるし、ドタキャンしても誰にも文句言われない。
現代人を悩ますストレスの元凶は、そのほとんどが対人関係にある。君も心当たりがたくさんあるはずだ。グループで行動していると、早く帰ったり付き合いが悪いと「悪口を言われてるんじゃないか」とか「嫌われるんじゃないか」などと余計な悩みが次から次へと生まれてくる。
「友達との付き合いをやめろ」と言うつもりはないが、無理してまで付き合う必要はない。むしろ、一人の世界を持ち、そっちを主体にしたほうがメンタル的にはとても健全になる。対人関係を伴う世界はあくまでサブとして捉えよう。
自分だけの世界は、「一人でできる趣味」さえあればすぐに作れる。仕事や家庭で何があっても帰れる自分だけの世界があることほど安心なことはない。俺の場合は、なんといっても筋トレだ。ジムという最強にして最高のエスケープ先があるので、対人関係に悩むことはない。他人に嫌われようと、笑われようと、ジムにいけば自分だけの世界を楽しめるのだから気にもならない。一人の世界は別にイラストでも読書でも何でもいい。しかし、部屋にこもる系の趣味だと孤独感が増幅するかもしれない。また、運動不足では気分も落ちてしまう。そう考えていくと、俺のおすすめはやっぱり筋トレだ。ランニングマシーンの上で読書とかもアリだな。
ということで、いつも一人で行動しているからって卑屈になる必要は一切ない。むしろ、堂々と胸張って生きりゃいいんだ。
(Testosterone)