大河ドラマ「西郷どん」(原作:林真理子 脚本:中園ミホ/毎週日曜 NHK 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時) 

第4回「新しき藩主」1月28日放送  演出:野田雄介
「西郷どん」渡辺謙、名優の貫禄。泣きすぎて洟をかむ、その迫真
NHK大河ドラマ「西郷どん」完全ガイドブック PART1 (TOKYO NEWS MOOK 670号)

お由羅の立場


鹿賀丈史(斉興)VS渡辺謙(斉彬)劇場を堪能した。
俳優の芝居でじわじわとサスペンス性を高めていく。濃密で緊張感ハンパない回だった。


1話から3話までは、4話で島津斉彬(渡辺謙)が「きらっきらしかなあ」と子どもたちにも慕われる
藩主になるまでの、長い長い前ふりだったのだなあと思う。

嘉永3年。
島津斉興が斉彬派を粛清した「お由羅騒動」によって、吉之助(鈴木亮平)の師・赤山靭負(沢村一樹)が切腹させられることに。
吉之助や大久保正助(瑛太)はいたたまれず、久光(青木崇高)に取り消してほしいと願い出るが、ぽかーんとした顔で聞いた挙句、「おいに何ができる?」「おいに言うな」と逃げられてしまう。

久光は当然ながら、母・由羅(小柳ルミ子)の味方。江戸で「妾の呪い」と題したかわら版が出回っていると知って、憤慨する。
と、由羅は、
「わたしは世間にどう思われてもよい」
「殿様とあなただけが信じてくれれば」と言い、
「みんな私を憎むがいい」とひとり盛り上がる。

由羅「みんな私を斬りにいらしゃい」
斉興「由羅・・・」

ここは、笑うところなんだろうか。
かなり深刻な状況にもかかわらず、なぜか由羅がおポンチキャラに見える。

その後、赤山の切腹を、この目に焼き付けた吉之助は、お由羅のことを許せないと怒り狂う。「あげな妾んために」「あん妾」「あげな妾」と3回も喚く。プラス「あの女」が1回。

これまでわりとフェミニストふうに描かれていたように見えた吉之助だが、言うときは言う。差別するときは差別する。もっとも大事な先生を理不尽に失ったのだから無理もない。

あの妾・由羅は、斉興を引退させようと斉彬がロシアンルーレットを迫る場面では、「私を撃ちなさい」と立ちふさがったり、銃をぶっ放したり、そこそこハデな見せ場があるが、愚かな女という印象だけが残った。おかげで、鹿賀丈史と渡辺謙の男の世界が際立ったともいえるだろう。

洟をかむ渡辺謙


吉之助は、赤山先生を亡くした悔しさに、斉彬に「逃げずに立ち向かってくれ」と手紙を書く。
それまでも、吉之助から、薩摩の農民や下級武士が苦しんでいる様子の報告を逐一受けていた斉彬は、ついに立ち上がる。

江戸にて、阿部(藤木直人)から隠居勧告を受けた斉興に向きあい、斉彬は、民の苦しみを救うため、自分が島津の当主となり薩摩を立て直さなくてはいけないと涙ながらに訴える。
父に「おまえが好かん」と言われ、頭を深く垂れる。それから洟をかみ、ポイッとその紙を捨てる渡辺謙。
そのワンクッションを経て、銃を取り出す。
泣いてから銃ではなく、泣いて洟をかんで銃。←ここが演技ポイント。


由羅が「私を撃ちなさい」と阻もうとするところを、「父上と私の最後の戦です」「どきなさい」と一喝する迫力。前述したとおり、由羅なんて入っていけない世界なのだ。

どちらが藩主になるか、天の声に任せようと銃でロシアンルーレットを提案し、まず自ら一発。
その緊張感たるや。
次の斉興は撃つ勇気はなく、もはやこれまでと観念する。

うるうると眼にたまりこぼれそうな涙を、渡辺謙はぐっと顔をあげて、堪える。
←ここも演技ポイント。
ただ泣くのではなく、洟かんだり、頭をあげたり、ただ泣くのではなく、間に何手も入れる余裕。それによって、涙にいろんな意味が出る。名優の貫禄である。

俳優としては鹿賀のほうが先輩だが、役のうえでは圧倒的に斉彬が上手。
覚悟のある斉彬に比べて覚悟のない斉興は精神的に負けている。

弾は、斉興のときに出るようになっていた。由羅が逆上して撃つことでそれがわかる。
撃っていたら死んでいた斉興は、
「しぶしぶとほんとうにいやいやながら隠居届けを出した」とナレーション(西田敏行)で語られる。
「しぶしぶほんとうにいやいやながら」と台本に書くのも面白い。

吉之助の蒼い涙


渡辺謙の圧倒的な泣きの演技に比べると、鈴木亮平の泣きはパッション勝負という感じ。でもまだ青二才の段階だからそれでいいし、とにかく全身全霊で吠えるように泣いているから、胸を打つ。

先生の切腹が近づいているとき、はらはらと、葉っぱや花びらが舞っている。前作「直虎」でも見受けられた、叙情的な演出だ。
先生は、会いに来た吉之助ら生徒たちに、至って平静で微笑み絶やさず、芋を例にして、「桶のなかでぶつかりあって切磋琢磨して立派な侍になってくれ」と語る。「さすがに芋はひどか」とみんなは泣き笑い。切ない。

いよいよ切腹の日。父・吉兵衛(風間杜夫)の介錯(介錯の準備に青白い照明のなかで剣を振るい続ける風間杜夫も良かった)で先生が切腹する一部始終を見届ける吉之助。

そのあと、画面はモノクロになり、音も消える。
やがて、先生の残した着物の血痕が赤くなり、鳥の声や水の音が聞こえてきくる。吉之助は、ふつふつと怒りをたぎらせる。家から外に出て、地面に突っ伏したところを、カメラが上にあがっていく。ちりちりと照りつける鹿児島の太陽の下の咆哮は、プリミティブで劇的だ。ロケはいいなあ。
切実な場面に、ナレーションじゃないけれど「きばれ!」と吉之助を応援したくなった。

もうひとつの対決


鹿賀丈史VS渡辺謙 の対決の前に、もうひとつの夢の対決があった。
吉之助の父役の風間杜夫と、大久保正助(瑛太)の父・次右衛門役の平田満の相撲対決である。
斉彬派として喜界島に島流しされることになった次右衛門と別れに相撲をとるのだ。
知る人ぞ知る、映画にもなった、つかこうへいの名作「蒲田行進曲」の銀ちゃん(風間)とヤス(平田)は、
近年、何年かに一回、共演することがあって、そのたび、ファンは熱狂する。
しかも今回は、映画「蒲田行進曲」で、銀ちゃんとヤスの間で揺れ動くマドンナ小夏を演じた松坂慶子が、
風間杜夫の妻役で参加していて、相撲シーンではふたりを応援する。
「西郷どん」の制作統括の櫻井賢は、朝ドラ「マッサン」でも、つかこうへいと縁のある俳優を多くキャスティングしていた。脚本家の羽原大介もつかのところで学んだ作家で、「マッサン」にそこはかとなく流れるつかイズムについては、拙著「みんなの朝ドラ」でも書いているが、まさか「西郷どん」で「蒲田行進曲」の3人を出すとは驚いた。
(木俣冬)
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